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本願寺へお詣り

工房休みの初日、早朝より我が家の宗派でもある西本願寺へ徒歩で出かけました。

工房からは直ぐ近くですが、自宅からだと一時間近く掛かります。

幸い、カラッとした晴天で気温も低くなり散歩にはうってつけ。

入ったのはこちらから。

大宮通の平安高校の前から。

この道は「北小路通」とされていますが、本願寺の境内扱い、その時に応じて通行が出来ます。

平安高校は正面の建物、右の蔵の様な建物は本願寺幼稚園の一部、その屋根の向うに見えるのが龍谷大学の図書館です。

この道の左側は龍谷大学の学舎。

 

こちらの大宮学舎は殆どが重要文化財に指定されています。

もの凄く良い風情です。

門から。

この門は映画のロケに使われる事で有名です。

 

北小路通に面して国宝の「唐門」があります。

見事な彫刻。

こちら側は柵が高いので全貌は裏から撮影します。

 

堀川通に出ると京都らしい馴染みの風景に。

昔は堀川から水を引いていたのだとか。

堀は戦乱を生き残る為の城塞の役目でも。

 

境内に入ると日本一大きなお堂、国宝「御影堂」があります。

右側には枝先から水を吹いて戦火から御影堂を護ったという伝説の「水吹き銀杏」

御影堂の右、北側には廊下を挟んで国宝「阿弥陀堂」も。

参拝者が座れる畳部分だけで200畳前後、御影堂は更に大きいのですから驚きです。

 

御影堂では朝早くから得度式が行なわれていました。

堂内に響くお経を聞きたかったのですが、ちょっと遅れました。

 

広い御影堂の廊下から。

向う側に欧風な屋根が見えますが、伝導院。

大きな屋根は御影堂門。

手前の銀杏が珍しい株立ち姿の「水吹き銀杏」

 

この廊下の南の端から非公開の「飛雲閣」の一部が見えます。

金閣、銀閣と並んで京の三閣の一つ。

秀吉の作った聚楽第から移築されたと言われ、サウナ風呂や池から建物に入る通路まであるそうです。

 

こちらは唐門の北側にある建物。

向う側が国宝「黒書院」で普段は非公開。

手前側は重要文化財の「南能舞台」で時々ファッションショーにも使われています。

黒書院の向う側には日本一古いといわれる国宝「北能舞台」があります。

 

境内側からの唐門は柵が低いのでその価値が良く分かります。

門扉。

沢山の獅子も全て彫刻です。

 

境内の外れに鐘楼があります。

こちらも重要文化財。

彩色が綺麗です。

良く見ると間からこちらからも飛雲閣が見えます。

普段公開されていないので、マル秘の絶景スポットかも。

 

お盆のお詣りも兼ねて長い散歩でした。

 

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朝顔と向日葵

植物園で朝顔展が開催されていたので行ってきました。

京都府立植物園は日本で最初に開園された公立の植物園で、24ヘクタールという広大な敷地に1万2千種、12万本が植栽されています。(ウィキペディアより

種苗の育成や珍種の保護、庭園の整備など国内でも高い評価を得ているとの事です。

 

朝顔展に行く前、早朝無料で珍しい花が咲いたと園の方からお勧め頂いたので温室に向いました。

温室前の池には睡蓮。

蓮と咲く時期が重なりますが睡蓮は花も葉も水面を漂うかの様。

 

勧められた珍しい花とはバオバブの花。

下にぶら下がっているのが雄しべだそうで、夜に開花、翌日昼に落花するとの事。

「とっくり」に似た20mを越える巨木が、大地からにょきにょきと生えている光景をテレビで見られた事がありませんか?

あれがバオバブ。

有名なサンテグジュペリの「星の王子さま」では星を破壊する巨木として紹介されています。

こちらにあった説明で納得です。

 

温室でもう一つ驚いたのがこちら。

大きめのごろた石に枯れた様な草、名前を「奇想天外」と言います。

勿論和名ですが、その生態から名づけられたそうです。

アフリカの東南部の砂漠に生息しますが、樹齢2000年のものもあるとか。

水の少ない土地に適用する様変化したのでしょう。

アフリカでも絶滅が危惧されているそうです。

 

運良く面白いサボテンの花が咲いていました。

尖鋭柱(センエイチュー)と言って細長い幹を蛇の様に伸ばして成長します。

この写真のサボテンで4〜5mくらいでしょうか。

 

温室では他に多種類のウツボカズラなどの食虫植物も展示されていました。

 

朝顔展は竹を育てている場所で。

先ずどでかい朝顔を。

下から持上げれば直径20cm程になりそう。

一輪から。

匂いの所に小さな花びらが付いた朝顔。

 

涼しげです。

 

大輪の朝顔は種を選ぶ所から始まるそうです。

その中でも大きな花の種を選んで、これを繰り返す事で徐々に大きな朝顔に。

上へ伸ばさず剪定も大事だとか。

 

これだけの色はどうして生まれるのか、聞いておけばよかった。

 

茶色も珍しいでしょう。

 

こちらの植物園では自然に風景が変わる様設計されていますが、こちらはお洒落な欧風庭園。

鏡の様な水面。

右にちらっと見えるのが3m近い向日葵。

列になった向日葵は全て下を向いてうなだれていましたが、この一輪だけ前向きに。

これだけ背の高い向日葵は初めて。

 

遠くに写っていた向日葵がこちら。

一本の茎から分枝しています。

 

圧巻はこの向日葵、背丈は普通、他にも種類があったのですがこれは凄い!!

真夏でも早朝は涼しいめ、爽やかな気分を味わいました。

 

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蓮が見頃の法金剛院

蓮が見頃だという法金剛院へ行ってきました。

他の季節では行った事があるのですが、池一杯に広がる蓮は初めて見ました。

池の蓮はまだ見頃ではありませんが、種類の多い鉢植えの蓮は満開でした。

こちらは門を入った佇まい。

紫陽花もお出迎え。

百合科でしょうか、ひっそりと。

沢山の蓮が迎えてくれます。

初めてお堂へ上がったのですが、仏像は撮影禁止。

重文の仏像が沢山安置されています。

その廊下で面白いものを。

仏手柑です。

これから大きくなって指を伸ばして広がっていきます。

 

こちらから蓮をご堪能下さい。

 

 

池を前に。

 

蓮で覆い尽くされた池面。

まだ蕾がほとんどでした。

 

 

 

蓮に浮かぶ水滴。

 

 

 

蓮に追われてわずかな水面に顔を出す鯉。

 

苔も見事です。

 

他の花も混じって。

 

法金剛院はJR花園駅の目の前、珍しい律宗のお寺で創建は850年頃と言われています。

それほど大きくはありませんが良いお寺です。

 

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祇園祭の後祭

昭和41年、祇園祭は前祭と後祭が17日に統合されましたが、平成26年に千年の習わしに従って再び分離されました。

前祭が盛大に開催されるので、後祭はそれほどでも無い所から「後のまつり」の語源になったと言われています。

24日月曜日の巡行です。

 

禁門の変で焼失した大船鉾が2年前、150年ぶりに復活したのがきっかけです。

前祭は有名なのでご存知の方も多いと思いますが、後祭は確かにそれほどではないのでご紹介したいと思います。

 

四条河原町に着くと既に予想外の人出、月曜日に拘らず。

 

後祭の日、山鉾巡行の前に四条通を八坂神社から市役所等をめぐる「花笠巡行」が通りました。

こども神輿やお囃子から始まります。

花笠を被った女性連。

獅子舞、鷺舞など千人近い行列です。

そしてこんな馬上姿も連なっています。

 

そして河原町通で待っているとようやく先頭の「橋弁慶山」が来ました。

橋弁慶山は前祭の長刀鉾同じく祭の先頭を行くのが決まっている「くじとらず」になっています。

牛若と弁慶の五条大橋の出会いが謡曲となった「橋弁慶」を題材にしています。

その頃の五条大橋は一つ北側の松原大橋でした。

清水寺への参詣路の入口です。

左が義経、右が向うを向いている弁慶です。

 

祇園祭の「鉾」とは屋根の先に鉾、つまり鎗、剣に相当するものが高く飾られたものですが、「山」は屋根等に松を飾るものが殆どです。

橋弁慶山は付いていませんが、その次に来た北観音山は松を飾る山ながら、お囃子を乗せる大掛かりな山車。

引き手も沢山。

文字通り揚柳観音と韋駄天像が中央に安置されています。

下に青竹を割った方がいますが、直ぐ近くになった四条の角で「辻回し」に使う為の物。

この青竹を車輪の下に曵き一気に回すので、見物客から拍手や大きなどよめきが湧きます。

囃子方。

 

龍門の滝登りという故事が起源の鯉山。

棒を持つ二人が見えますが、引きずって音が出ます。

山に寄っては鉄の棒であったり。

鳥居の向う側に見えるのが鯉。

左甚五郎作と伝わります。

 

次は「役行者山」

山岳信仰の祖「役の小角」を祀っています。

前夜(宵山)、聖護院の行者が護摩炊きをして清めます。

 

続いてきたのは「八幡山」

見送りがこちら。

大きな鉾は豪快な辻回しが曲がり角で見られますが、山はその周り角をぐるぐる回るのが見られます。

一回も回らない山もあれば五回も回る山も。

こちらは八幡山が四条河原町の角で回って前がこちらに向いたところ。

見せ場ですね。

 

次に来たのが南観音山。

北観音山と同じくらいの大きな山です。

大きな山鉾はこの二人の扇子を持った音頭取の指揮で動きます。

山や鉾に使うのは木の車で曵いているとずるずる横にずれてしまいます。

それを修正するのがこちら。

車方と言い舵を取ったりブレーキをかける役目です。

その為、結構ゆれているので屋根方の人達が落ちないか心配する程。

屋根に登った人は「真木」と呼ばれる屋根の上に乗った柱の動きを調整します。

見送りは立派な龍でした。

南観音山の辻回しが見られました。

車輪の下に竹が敷かれ、丁度45度ほど回ったところ。

 

次に来たのが「浄妙山」

もの凄い人形が見えます。

平家物語の宇治川の合戦からこの形に。

宇治橋の橋桁にも矢が刺さっています。

三井寺の僧兵の先陣争いの場面。

 

続いて来たのは「黒主山」

謡曲「志賀」から大伴黒主が桜の花を愛でている姿を現したもの。

 

そして最後に登場したのが二年前から復帰した大船鉾。

この勇姿を見る為に来た様なものです。

昨年は船首に再現された龍頭でしたが、今年は御幣。

隔年で使い分けされます。

この鉾が登場すると観客から拍手がありました。

以前このブログでも再建途中の写真を公開した事があります。

見事に復活です。

前祭でも船鉾は最後が決まっていて出陣を現し、後祭で大船鉾は凱旋を意味します。

鉾の町内は隣同士。

舵の部分も以前は生木のままでしたが、綺麗な生地も付けられ感動的です。

拍手が起こる訳です。

 

後祭を目にする方は少なめだと思いますが、如何でしたか?

 

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知覧:武家屋敷、茶そして特攻

所用のついでに念願の知覧へ行ってきました。

その前に余り知られていませんが、日本一長い砂浜と言われる鹿児島、東シナ海に面する吹上浜の北端、「照島」の神社へ。

その謂れは古事記に遡ります。

国産みの最初に産まれた蛭子神が薩摩の照島潟で魚釣をしていたと日本書紀にあるそうです。

その島の神社がこちら。

大鳥居の向う側は海の水路があり橋が掛かっています。

私が行ったのは丁度満潮から下げに変った時間で、良く見ると大きな黒鯛が泳いでいました。

 

その橋。

向う側が吹上浜の北端部分で、毎年浜競馬が開催されます。

左側の州浜では町内の運動会もあったとか。

この島の向う側で磯釣りをした事もあります。

 

こちらから薩南にある「知覧」へ。

鹿児島から指宿スカイラインを経由します。

途中で面白い所に。

展望台に掛かる吊り橋は紫陽花が咲き誇っていました。

谷はそんなに深くはないのですが、紫陽花が一面に。

 

そして、知覧に到着、早速武家屋敷めぐりです。

七軒の武家屋敷の庭が公開され、その共通券が500円。

こちらがその道路。

知覧は鹿児島でも可成り南にあるので琉球すなわち沖縄の影響を強く受けているそうです。

門の入口には大きな石壁を作って一気に侵入する事を防御しています。

そんなご家庭は公開されていませんでした。

公開されていた庭を御覧下さい。

やはりちょっと武士らしい佇まい。

 

本来、茅葺きであったとか。

この建物は知覧だけに見られる独創的な建築でお目に掛かったのは初めてです。

 

続いて。

手入れが行き届いているのが分かります。

 

こちらは道路で見つけた「石勘当」いしかんとう。

三叉路付近に建てられた石で魔除けになるとか。

琉球から伝わったとされています。

 

山盛りの皐月。

向う側の塀の木立も波文様。

 

こちらも良い庭です。

こちらに見られる白砂は白州台地に起因しているのかな。

 

知覧の大通りには麓川から引かれた疎水が流れ、水車や鯉の泳ぐ姿が見られます。

 

日照りが強かったのでティータイムに訪れたのはお茶屋さん。

抹茶ソフトを頂きましたが、抹茶も振りかけた本格派。

水出しのお茶は最高、何回もお代わりを頂きました。

無農薬の有機栽培で育成されたとか。

もちろん、お持帰りしています。

(株)知覧農園の「雫」、家で飲むのが楽しみです。

 

お茶は宇治茶が銘品とされますが、宇治で作られる茶葉は極少量で他県のお茶と混ぜて宇治茶とされた時期が長く続いていました。

静岡やこの知覧のお茶に限らず混合されていたそうです。

現在はそれぞれの産地が産地独特の茶を推奨するのが当り前に。

 

知覧と言えば終戦近くになって始まった特別攻撃隊の基地であった事でも有名です。

その特攻隊の隊員の面倒を見たという鳥濱トメさんの「富屋食堂」がありました。

ここで家族との最後の別れをしたと言う人も。

この建物の直ぐ左隣に観音を祀っています。

特攻隊員の母として。

お詣りした後、知覧の特攻平和会館へ。

中は撮影禁止です。

 

知覧を飛び立った兵士の写真全てや遺書が展示、特攻に使われた戦闘機「隼」や「疾風」と零戦も。

特攻は戦闘機だけでなく、魚雷艇と一人乗り潜水艦「回天」もありますが、こちらの展示には魚雷艇も。

回天は広島の江田島にまだあると思います。

 

驚いた事に見学の半分は若い男性、学生らしき人も、女性も可成り居られます。

 

遺書も沢山拝見しました。

こんな事があってはならない思うと同時に、どうすれば避ける事が出来るのかを考えさせられました。

煽って票を集める政治家も居れば、百年の計を見据えても評価されない政治家も。

国際政治は片手で握手、もう片方は背中の後でナイフを持つというのが正しいとは思います。

しかし、自国の国民には腹の内を開いて、落ちついて説得するのが正しいのではと。

 

民主主義は衆愚政治の片面を持つ事を忘れず、煽るのではなく説得、納得がなければ数が揃ったとは言え独裁に。

あのヒットラーも民主主義から産まれたという事を心すべきです。

 

ヨーロッパの小国の中には今でも君主が政治の中心でありながら、幸せ度の高い国民が居る事も一つの参考にはなります。

民度の高い国民には民度の高い政治が付いて回る事が多いみたい。

 

特攻に行く前過したという隊員の宿舎が復元されていました。

 

中を覗くと。

この人達の恩にどうすれば報いられるのか、まだ分からないのがじれったい。

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新緑の匂い

昨日の工房定休日、新緑で目の癒しと野菜の仕入に京都の北部へ。

京北町は平野部が多いので豊富に野菜を産出します。

珍しい野菜も手に入ります。

花わさび、田せり、ウドそれに京都では終了した筍やわらび、ふきを。

途中の高雄は青紅葉が絶景でしたが、京北町は山が低めなので余り青葉を見られません。

それに対し、美山は渓谷に近い地形。

山の青さが迫ってきます。

手前の黄土色は竹林、その向うが北山杉、山頂に向って落葉樹が芽吹いて見事な若葉色に。

こちらは美山の道の駅から。

美山牛乳や手作りハム、それに人間味が名物です。

 

こちらに来ると立ち寄るのが茅葺きの里。

その途中。

右の杉と山の新緑が見事に対比。

下の川は日本一美味しい鮎が育つという美山川。

青く透き通っています。

川の上に紐を通して赤い小さな裂を結びつけてあります。

これは川鵜対策みたい。

昔は殆ど見かけなかった川鵜はその泳力で川の魚を一網打尽にします。

 

名前の知らない変わった花を見つけました。

朝顔に似た形で、新芽が生えてきています。

 

茅葺きの里に到着。

蓮華畑と山の緑。

 

広げると。

 

お馴染みの郵便ポストとお地蔵さんも入って。

 

新緑や新芽吹きを前景にして。

 

 

 

一際新芽の色が目立ったのがこの青紅葉。

美山川を渡る鉄の橋も印象的です。

 

山と対比すると。

 

鯉のぼりを上げた民家もあります。

 

身体に良い野菜と目に優しい新緑、五月ならではでした。

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桜満開の朽木とひなびた小浜へ

昨日、葉桜となった京都を後に滋賀県北部の山中「朽木」へ満開になった桜を見に行ってきました。

その後は足湯もある小浜へ。

 

朽木へは八瀬大原を抜けて比良山の琵琶湖から反対側である西側を北上して行きます。

途中八瀬は桜が余り残っていませんでしたが、山中の山桜や大原の三千院付近ではまだ満開に近い桜が残っていました。

 

朽木に入るとあちこちに桜が満開の様子。

最初に気に入った場所が「キッチン四季」さんの桜。

 

山の上には植林された杉以外の場所、広葉樹林の中には山桜が見えます。

 

この後安曇川沿いの堤防に桜並木がありました。

軽トラが見えますが、これに乗ってきたおじさんは病気の枝を取り除くボランティアだそうです。

折った枝には病気で不用意に生えた枝以外の綺麗な折れ枝があり、もらってきました。

そのお陰で自宅のリビングの机は満開の桜です。

桜と桜の幹の間に棒状のなものが立っていますが、柱に電線が張られ、夜になると電気が通り猪や鹿が通行しない様にしています。

清流「安曇川」と桜。

 

ここから下流に下がるとまた桜並木です。

こちらは河原がキャンプ場になって居り車も入場可、土日になるとバーベキューを楽しむ家族連れで賑わいます。

有料からなのか、当日は人影がありませんでした。

 

国道筋から離れて朽木の温泉、スキー場、ゴルフ場へ行く道に入ると何処かの会社の施設なのか整備された綺麗な庭と茅葺きの民家があります。

こちらも桜が咲き誇っています。

 

もう少し下流にも絶景があります。

小鳥が騒がしい事。

 

この後国道33号線を経由して小浜へ。

オバマ大統領誕生の際は市をあげて祝った場所として有名になりました。

元々、古いお寺や仏像の多い土地なんですが、公開して発展する事はあまり望まない土地柄。

何回も来てお寺巡りをしています。

小浜には道の駅、まちの駅、海の駅の三つの駅があります。

道の駅には何度もきていますが、「まちの駅」は初めて。

レトロなバスはこの三つの駅を巡回する「ラウンドバス」

この向う側にレストランや観光案内所、蕎麦うどんの店などの建物があります。

こちらで昼食を頂きました。

薄味でしたが刺身も新鮮で量も多めです。

あら汁はお代わり自由。

左側に見える広場も広くイベント会場になる事が多いそうです。

そしてこの反対側にあるのが「旭座」

明治に建てられた芝居小屋を移築し再現したもの。

覗いていると中に入れてくれました。

古い木材も再利用していますが、新しい板も使われています。

土日は殆どイベントが開催されるとか。

先日は大阪の超有名な落語家も来演、五月の連休にはAKBの公演などがあるそうです。

舞台から客席。

京都にもこれくらいの芝居小屋が欲しいものです。

耐震工事中の南座と同じく補強の跡がはっきりでています。

舞台の天井は竹が組んでありました。

横の廊下は風情があります。

 

この後「海の駅」に。

御食国若狭おばま食文化館が正式名。

「みけつくに」と読みます。

三階が薬湯などの温浴施設。

お年寄りの出入りが可成りあります。

二階は若狭塗や和紙漉きに和紙の染の体験工房。

残念ながら客の姿は殆ど見えません。

一階は若狭の食文化に関する展示場。

その一階の海に面する広場に足湯があります。

手前が足湯、向う側が小浜港。

しっかり足湯で癒され帰途に。

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満開の桜:街角スナップ

4月10日京都の桜は満開に。

良く降る雨で観光客も少なめです。

市内をバイクで走っている途中のスナップ写真です。

こちらは天神川の堤にある桜並木、壮観です。

西側の右岸には菜の花が。

 

こちらは寺ノ内通りで烏丸から西に入ったところにある桜。

こぼれんばかりの枝垂れと染井吉野。

11日はまた雨模様、持ちこたえられるのでしょうか。

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彦根城博物館へ

ストロボ無しであれば撮影可能という事で幾つか撮影してきました。

昨日の続きです。

こちらが彦根城博物館。

表御殿を復元したもので一部鉄筋ですが木造部分と分かれて再現されています。

井伊家に伝わる国宝として名高いのが彦根屏風。

正面に展示されていましたが、こちらは多分レプリカ。

本物は4月14日から一ヶ月程展示されるそうです。

展示品は全てガラス越しなので照明が映つり邪魔していますが。

結構大きな物です。

 

井伊直弼は大老の職にありましたが、沢山の指令の為の文書を残しています。

歴史を垣間見る文書です。

こちらは井伊直弼の肖像画。

清涼寺は京都の嵯峨にもあるお寺の名前ですが彦根の清涼寺は直政以来の井伊家の菩提寺。

直政の戒名から付けられた名前で、その地は三成の有名な家臣「島左近」の屋敷跡と言われています。

 

こちらは本物の赤備えの鎧。

 

井伊直政が活躍した関ヶ原の戦いで使われたという旗。

 

井伊の家紋入りの鞍。

 

井伊家は能の保存発展に寄与した事も有名で沢山の能衣装が有名ですが、能面も。

近代の名工中村直彦も井伊家の保護を受けていたそうです。

 

能衣装では長絹柳に桜尾長鳥文様。

唐織の白黒の生地を継いだもの。

こちらは女性を示す衣装だとか。

 

藩主の居間からの庭、良く出来ています。

反対側。

藩主が生活していた居間、御座の間。

藩主くつろぎの部屋、御覧の間。

こちらには小さな瓢箪型の池、側に梅が咲いていました。

かなり複雑に建てられたのは敵の攻撃を避ける為でしょう。

再び展示館へ。

こちらの琵琶は春山と銘された四弦の楽琵琶、江戸時代に制作された山水を描かれたもの。

 

こちらの笙は室町時代の作品、青鸞(せいらん)と命名されたもの。

青鸞とは鳳凰の一種、徳のある天子の兆しに桐の木に現れる瑞鳥。

ぜんちょう40cm程の小さなものです。

 

こちらは雅楽でも余り知られていない鼓の一種「羯鼓かっこ」

台に乗せて演奏されますが鼓と大きさは余り変わりません。

撥(ばち)を使って叩くので演奏法が違います。

 

もう一つ面白いものがありました。

将軍、徳川綱吉が描いた掛軸がありました。

桜樹馬図。

 

時期に寄って展示物も変わる様です。

珍しくカメラ撮影もできる博物館、お薦めです。

帰りのお堀、桜まつりの灯篭行灯も所在無さげでしたがお城を満喫しました。

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直虎繋がりで彦根城に

昨日は大河ドラマのおんな城主直虎に因んで彦根城に行ってきました。

行きたかったのは彦根城博物館なんですがそちらは明日に。

 

散歩も兼ねて車を使わずJRで。

駅前の銅像は初代彦根藩藩主井伊直政。

大河ドラマではまだ小さい子供ですが、徳川家康に仕え武勲等により石田三成の居城佐和山城を得、後に彦根城建築を計画したが存命中には果たせず、息子の直孝が果たしています。

 

そんな彦根城はお堀が大きい事も有名、なおかつ美しいのです。

彦根は4月1日から「桜まつり」を開催していますが、今年は寒気が強くまだ蕾のままです。

手前の枝が桜。

優美!

 

最初に行ったのはキャッスルロードと言われる町家が並んだ街並。

色んな店があります。

欅並木も整備され、平日と言うのに結構な人出。

駅はそれほどでもなかったので車の客が多いのかも。

 

こちらで昼食をとりましたが、行列の出来る店も。

「ほっこりや」さん、看板には「比内千鳥 日本一親子丼」と。

テレビで見た気がします。

ちょうどその隣に咲き始めた桜も。

 

食事の後彦根城の天守に向います。

こちらは内堀、大手門跡の橋。

こちらから城に侵入します。

丁度観光船が橋の下を。

この船の屋根は橋桁の高さに合わせて調節されていました。

 

坂を上がっていくと目前に廊下橋。

いざという時はこの橋を落としてしまうのだとか。

橋の手前右側から廻り込んで橋の上に。

左右一対になっている所から「天秤櫓」と名前が付いています。

この櫓の正面、二つ並んだ窓を憶えていて下さい。

この天秤櫓は重要文化財で普段は非公開ですが、7月まで公開されるとの事、入ってみました。

右の櫓から。

中も撮影可。

この櫓の階段。

この隣に現代の名工達に寄って復元された赤備えの鎧が展示。

櫓の中。

先程憶えておいてと言った窓は中から見ると。

もう一つ面白いものがありました。

1600年に製造された地球儀、オランダが作ったものだとか。

 

そして本丸前にある太鼓櫓、こちらも重文。

 

この門をくぐると国宝彦根城の天守閣があります。

ひこにゃんと。

こちらは満開の八重の梅を前景に。

土日だとこの入口の前にも行列が出来ます。

お城の造りを見る天井の骨組み、松の曲がりが生かされています。

中に入ると62度という急角度の階段で渋滞。

人の流れを良くする為か展示物は一切無し。

最上階へ。

こちらは唐風(はふ)という屋根の中に作られた隠し部屋。

狭間(ざま)と呼ぶ敵を狙い撃ちする隙間もあちこちにありました。

こちらは天守の最上階からの琵琶湖の眺め、肉眼では比良山の雪も見えていたのですが。

 

あすはストロボ無しであれば撮影可能だった彦根城博物館を紹介します。

 

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