岐阜:大垣の街と谷汲山の紅葉

  • 2018.11.14 Wednesday
  • 06:37

岐阜の大垣とその山手にある谷汲山の華厳寺と横蔵寺の紅葉を見に行きました。

 

大垣城は関ヶ原の戦いの際、石田三成の居城であったとされますが、一時本陣を構えただけで城下町として強固にしたのは徳川家臣「戸田氏鉄」の一族。

明治の廃藩置県迄、善政を布いたと言われています。

例によって戦災で焼失、昭和に再建されましたが、七年前戦災前の形に修復されました。

残念ながら鉄筋コンクリートで、戦災前は国宝に指定されていました。

天守の最上階から観た隣の公園、紅葉も。

三成が見たかもしれない関ヶ原の遠望。

右上にあるのが伊吹山、稜線の一番低い付近、紅葉の木の上のあたりの先が関ヶ原でした。

今も大垣市民に慕われている「戸田氏鉄」の騎馬像。

 

この後「大垣市郷土館」へ。

見事な庭園もありましたが、大垣が湧水の街である証、湧き水がありました。

大垣は朝鮮通信使が通行の際何度も宿泊した所でもあり、現在はその通信使に関する資料が公開されていました。

 

この後、大垣が芭蕉の「奥の細道」の結びの地となった事の記念館に行ってきました。

入館料は300円、3Dの映像が見られるのですが、時間が合わず。

館内では芭蕉の旅の詳しい道中の様子や俳句等が紹介されています。

俳句好きには価値がありそうです。

この敷地には「無可有荘」というお茶室があります。

大垣藩の家老の別荘だそうで移築されこの地に残っています。

丁度前の敷地でお茶の接待がされていましたが、この縁に寄るものだと思います。

この向いの水門川の畔に芭蕉の像があります。

春の桜も良さそうですね。

その時、水門川に予期せぬものが。

たらい舟です。

風情があります。

見た通りこの水門川は大垣城の外堀だったのです。

緩やかに川は流れています。

この堀に沿って散策。

次々とたらい舟がやってきます。

パイプの鐘が鳴らせる吊り橋。

こんな滝も。

この後、たらい舟の乗船場が見つかったのですが、予約で一杯だとか、残念。

 

この堀の北西角に八幡神社があり丁度七五三のお詣りがありました。

その一角にもどんどん水の湧いてくる湧水の井戸がありました。

こんな湧き水は今回だけで三カ所発見、昔はあちこちにあったそうです。

 

次の日、大垣を始発とする樽見鉄道と養老鉄道それに揖斐川町コミュニティバスを使った紅葉の周遊に。

この時期だけの周遊券が千円で発売されていました。

樽見鉄道はディーゼルカー、旅に来た雰囲気に。

大垣から乗車、谷汲口で下車、待ち合わせていたバスで谷汲山華厳寺へ。

樽見鉄道沿線途中は柿畑が大半でした。

参道手前で下車、一キロはある上り坂の参道は両側に店がずらっと。

朝が早めだったので、まだ人は少なめ。

華厳寺の紅葉です。

可成り大きな寺。

拝観料は無料です。

なかなかの風情です。

手入れした庭はありませんが、自然と一体化した趣も悪くありません。

紅葉は最盛期はもう少し後。

まだ青葉も残っています。

ご夫婦の背中に癒されそうです。

こちらは本堂から。

本堂脇から。

華厳寺を出る頃、昼近くになったのでこちらの名物「味噌田楽」を。

じつはバスの乗車時間もあって二軒で頂いたのですが、どちらも美味。

特に卵がなんでこうなるの?と思うくらい美味しかったです。

安価な柿など買いたかったのですが、重くて断念。

人出が増え続け、ある店ではテレビで紹介された椎茸料理が売切れとなっていました。

 

この後、バスで横蔵寺へ。

手前で下車、少し歩きましたが、山の匂いが清々しく歩いているだけで幸せになりそうです。

清らかな清流は飛鳥川、夏は蛍、春はアマゴでしょうか。

参道に掛かる医王橋が見えます。

天台宗伝教大師の開祖によるお寺で、比叡山再建の為、こちらの御本尊は延暦寺に移って根本中堂の御本尊になっています。

38の僧坊があったそうでその跡が今も残るそうです。

客殿です。

こちらは山門。

本堂も少し見えます。

三重塔の横から。

こちらの寺は本尊は薬師如来坐像ですが秘仏、六十年に一度ご開帳されるとか。

京都の深泥ヶ池の畔に祀られていたという説も。

重要文化財の仏像も多く、そちらは上に登った瑠璃殿に安置されています。

その中で深沙大将という木像は河童の沙悟浄でこの寺でも一番人気の仏像。

向いにある舎利堂と合わせて500円の拝観料。

舎利堂は妙心上人の舎利仏だけが安置されています。

断食で入定されミイラとなってそのまま安置されています。

そのまま拝見出来ますが、気持ちをしっかり持っていないと驚く事は必定。

珍しいお寺である事は間違いありません。

 

青紅葉もありますが、こちらの方が紅葉が進んでいた様です。

華厳寺、横蔵寺両方ともなかなか大きな良い寺です。

 

この後バスに乗って揖斐駅へ、養老鉄道に乗って大垣へ。

電化されていますが、前後左右に大きく揺れるのはバス並みかそれ以上。

大垣から乗ったJRの快速とは大違い、これも地方旅行の楽しみの一つです。

丹波篠山の古刹と柏原

  • 2018.10.16 Tuesday
  • 08:08

黒豆の名産地で観光地としても知られる丹波篠山には二年に一度は訪れています。

今年も黒豆を求めて丹波篠山に行きましたが、ひょんな事から城跡や街並を外れて古刹に。

 

先ず行ったのは紅葉の名所「大国寺」

小さなお寺ですが、紅葉が始まりかけていました。

本堂は室町時代に創建で重要文化財。

手前の青紅葉も綺麗です。

右の方に坐像が見えますか?

「びんずる様」と言って病の箇所を撫でてから自分もその箇所を撫でると薬効があるとされる仏様です。

この本堂は軒先に上がると本尊を拝顔出来ます。

重文の薬師如来、大日如来、阿弥陀如来、持国天、増長天。

小さいながらも良いお寺です。

紅葉の最盛期は超お薦め。

 

この近くにお寺を発見、「文保寺」です。

「ぶんぽうじ」と読みます。

創建は何と645年、大化元年です。

最盛期は21の伽藍を数えた大寺院でしたが、天暦の乱と明智光秀の丹波攻めで二度全舎焼失を経験しています。

江戸中期に再建されました。

その「楼門」

風情満点、両脇に仁王、大きな藁草履が掛けてあります。

山の斜面に伽藍が点在、上がって行くと塔頭の「大勝院」が。

他に真如院、観明院が参道沿いにあります。

その参道は川の側。

勾配がきついのですが風情があります。

一番奥に本堂。

御本尊は秘仏の「聖観世音菩薩」と「千手観世音菩薩」。

この11月3日から7日まで再興七百年を記念して御開帳されます。

天台宗の寺院で本堂はこんな彫刻も。

千社札や燕の巣の跡も。

 

この後、前から気になっていた近くの丹波町の「柏原藩陣屋」跡へ。

カーナビで見つからなかったので、すぐに見つけた趣のある建物に。

「たんば黎明館」小学校から病院、そして女学校の校舎に使われた建物。

明治18年に建立されました。

中に入るとなかなかのもの。

一階にはフレンチレストラン、車なのでワインの飲めないフランス料理はパス。

二階にランチバイキング「タンバール」があったので閉店ぎりぎりに無理を言って対応して頂きました。

なかなかの美味、私はトマト風味のキーマカレーが気に入ってお代わりしました。

 

陣屋は直ぐ側にありました。

こちらは陣屋前にある長屋門。

立派な門は大名ならでは。

入ると陣屋があります。

破風屋根が立派です。

奥行きも大したものなんですが、小学校に使われた事も。

昨日は休館日で中に入る事は出来ませんでした。

隣には小学校があり子供の声が騒がしい程。

 

こちらの地名「柏原」ですが「かいばら」と読みます。

その昔この地は「加伊原」と呼ばれていたのですが、領主の転移の都合で柏原になりました。

読み方は昔のままに「かいばら」とされたのは領民の願いからだとも。

丹波市柏原は八幡神社の門前町として開きましたが、後に織田家柏原藩の城下町として栄えました。

小さな祠の様は神社も点在、織田家にまつわるのものが大半の様です。

 

そこに見つけた超お宝の木がありました。

根が橋の代わりになったという欅です。

根が8mの川をまたいで地中に。

「木の根橋」

推定樹齢千年とされる欅は現在でも盛んな樹勢だとか。

 

帰り道、素敵な店を発見。

「中島大祥堂」

茅葺きの尖った屋根が特徴のお菓子屋さん。

和菓子もありますが綺麗な洋菓子がメインの様で、人気の少ない街並ながらけっこう人が居ます。

尖った屋根、内側はこんな風でした。

和傘をモチーフにした茅葺き天井。

お洒落です。

こちらの隣にはカフェレストランがあります。

洋菓子の他に本格的なピザなども。

ティータイムを楽しみました。

その建物も茅葺きです。

観光に力を入れていて、11月の10日11日は無料の紅葉巡りバスが福知山線柏原駅前から出ます。

面白い店も増えているそうで、若い女性が増えつつある様です。

どの様に発展するのか楽しみです。

 

結局黒豆は手に入りませんでした。

五十年前の名品を再現

  • 2018.10.14 Sunday
  • 09:20

「目返し」と言う言葉をご存知ですか?

下染めをして、蝋やゴム、ダンマルあるいは糊などの防染剤で柄を伏せて上から染め上げるもの。

つまり二色に染める事を言います。

下染めをせず、柄を伏せて上染めし、防染剤を落としてからもう一度上から染める「目引き」と言う方法もあります。

 

目引きで仕上げると上がりの色の予測が難しいのですが、その分良い色になると信じている職人さんが多い様です。

 

そんな「目返し」のローケツで五十年程前一世を風靡した図案が見つかりました。

トリックアートの様な民家の模様です。

制作したのがこちら。

下染めは利休鼠、上から青味の紫を掛けて染め上げました。

蝋の筆遣いがそのまま表現されます。

 

こちらは薄色で。

下染めは青磁系、上染めは赤紫を掛けています。

 

こちらは白の上に黒で染めたもの。

筆を持つ職人の息づかいが分かるかも。

 

大きな柄は仕立映えがします。

着姿が美しいのが魅力です。

 

図案の送りが長く、身丈ちかくあります。

上と下は同じ図案。

下の一分を拡大すると。

筆に含まれる蝋がその動きで生地に乗る蝋の暑さを変化させます。

重なった所は厚めに。

 

臈纈として奈良時代から始まったローケツは友禅より遥か前から日本の染でした。

お洒落着として一枚は持っておきたいものです。

壬生狂言を見学しました

  • 2018.10.09 Tuesday
  • 08:00

連休の最終日、工房の定休日でもあったので壬生狂言に行ってきました。

「炮烙割り」で有名なのでご存知の方も多いと思います。

壬生寺は新撰組の壬生の屯所近くにあった寺でも有名。

その屯所の一つであったのが八木家。

その前を通ります。

見学が可能で、直ぐ近くには同じく屯所となった前川家もあり、そちらも公開されています。

屯所が西本願寺に変る前でした。

 

壬生狂言が開催されている時は露店が出ているものと思って昼餉を取らずに壬生寺へ。

呆然!

露店無しです。

仕方なしに狂言会場に。

早かったのですが開場されていたので中に。

料金は千円です。

舞台は演者が居なくても全く撮影禁止、これは悪しき日本の伝統だと思いますが。

舞台はこの建物の向う側にあり、重要文化財に指定されています。

開演は午後一時、終了は午後五時半。

実は一時間程度で幾つかの演目が演じられ、観客の入れ替えがあるものだと勘違いしていました。

この四時間半で六つの演目が10分程度の休憩を挟んで演じ続けられるのです。

 

隣に座ったご夫婦の話では先ずは忍耐ですと聞かされました。

太鼓に鉦、そして笛の割と単調な拍子で無言劇、無言の踊りと言って良いかも知れません。

確かに同じ所作を繰り返して踊るのですから最初は眠たくなるかも知れません。

隣のご主人は解説書を読むと演技の意味が分かって面白いですよと。

 

販売する方が来られたの買い求めました。

縦が二十センチ程の小さな解説書ですが、30程の演目の意味や出演者、ストーリーが載っています。

これを読んで狂言を観ると俄然面白くなってきました。

その所作の意味が手に取る様に理解できます。

 

演じる人は近くに住む人達で構成されているとか。

全てボランティア。

地域の伝統として受け継がれているのです。

 

最初に演じられるのは有名な「炮烙割り」。

陶器の炮烙に願いを書き込んだ皿の様な物。

単に割るだけだと思ったらほぼ40分の狂言でした。

炮烙売と太鼓売が市場の権利の取り合いをし、負けた太鼓売が腹いせに積まれた炮烙を落とすというもの。

皿を演者が見えない程積まれ、それが次々に落として割れるのは壮観です。

この長い時間を拍子に合わせて踊り続けるのですから憶えるだけで大変。

 

次の演目は「土蜘蛛」

源頼光の家臣渡辺綱などと蜘蛛の化身の戦いですが、その手から広く放たれる蜘蛛の糸が観客席迄。

名場面です。

この演目では小学生も太刀持ちで登場、立派な演技です。

太鼓も小学生。

見る程に引き込まれます。

 

その次は「桶取」

生まれつき指が三本しか無い事から生まれ変わるときには普通になりたいと水を汲んで観音様参りをしていた白拍子。

その美しい姿に惚れた商人が言い寄って思いを遂げると、醜い商人の身籠の嫁さんともめます。

その所作の面白い事。

素人とは思えません。

伝統の恐ろしさとも言うべき見事さ。

この演目の終了時で既に午後四時前。

空腹と板の椅子で忍耐の糸が切れて帰る事にしました。

 

全く期待していなかった壬生狂言でしたがこれほど優れたものとは思っていませんでした。

次回休みと合えば、しっかり準備して見学したいと強く思った次第です。

この壬生狂言も鎌倉時代に始まりました。

演目も他の伝統芸能と重なっています。

日本には能や狂言、舞楽に歌舞伎、浄瑠璃など凄い伝統文化が残っています。

誇りにすると同時にしっかりと保護する事も大事な事だと思います。

奇跡の街並:奈良今井町

  • 2018.10.03 Wednesday
  • 06:38

昨日は奈良の橿原市今井町へ行ってきました。

奇跡の街並と言われています。

近鉄奈良線の橿原の少し手前、八木西駅下車で直ぐです。

浄土真宗(昔の一向宗)が武力を持って武士に対抗していた事はご存知だと思います。

工房の直ぐ側の東本願寺でも堀もあれば、裏側には城の様な高い石垣があります。

こちらの「今井町」はそのまま浄土真宗のお寺でした。

周りに堀があり塀で囲まれちょっとしたお城だったのです。

 

一時信長に対抗しましたが恭順したので焼き討ちされる事無く無事に残ったという訳です。

その後お寺は小さくなり敷地に街が形成、商都「堺」の一部として発展しました。

 

八木駅から今井町への入口にある橋と榎。

この橋は名前が「蘇武橋」飛鳥川に掛かっています。

由来は分かりませんが奈良らしい名前です。

この榎は今井町の入口のシンボルに。

 

直ぐ近くに古くから有ったであろう井戸が。

こちらも「蘇武井」と。

 

先ず案内板から今井町まちなみ交流センターへ。

明治36年に建てられたのは教育博物館として、その後今井町役場に。

現在は「華甍(はないらか)」と名前が付き、今井町の歴史資料館となっています。

その階段が素晴らしい!!

 

そのあと街を徘徊しました。

先ず行ったのは酒蔵。

「河合家」

現在も酒を製造していますが、その一部。

見事なカマドがありました。

この今井町が凄いのは街全体の殆どが明治の頃のままに保存されている事。

重要文化財だらけ。

この河合家も重要文化財に指定されていました。

昼時なのでこちらで紹介された蕎麦屋さんへ。

「粋庵」

蕎麦も手打ちで美味しかったのですが、お惣菜や天ぷらそれにお米も超美味。

先程の河合さんで特別にこの店用に作られた生酒がまた美味。

帰りに似た酒を買った程。

ご飯をアテに飲めるのは初めてでした。

左の木はあの榎です。

 

街を散策するとこんな風景です。

 

 

これだけの街並に人が居ません。

何と勿体ない事か。

 

商人の街であったので侍を上から見下ろせなかった故二階は低め。

虫籠窓も普段は閉めたままです。

 

こちらは重文の旧米谷家。

中には蔵や珍しい蔵前座敷もありました。

こちらの写真見覚えがありませんか?

家内が写っていますが。

ほぼ毎日CMでご覧になっている筈。

朝ドラのロケにも使われました。

 

こちらも重文の音村家。

豪商ばかりが集まり、当時奈良の資産の7割がこの今井町に集まったとか。

 

こちらは低めながらお城の雰囲気もある今西家。

バカでかい敷地にあります。

 

こちらは今西家と並ぶ豪商で藩の蔵元を務めていたとされる豊田家。

屋根の修理で重文指定はされていませんが、隣の分家が指定されています。

この向いに財に任せて収集した骨董等が展示されている豊田家の記念館があります。

 

最後に寄ったのが「珈琲さとう」

カフェがこの今井町で増えたそうでこちらもその一つ。

街の人の少なさから誰も居ないと思っていましたが、結構賑わっていました。

味は秀逸。

 

これだけの街並は例を見ません。

外国の方が知れば大賑わいになる事は間違い無さそう。

 

宣伝の仕方では大化けすると思われる価値を持った街並。

勿体ないですね。

ここで出会った人は皆親切。

奈良の人は遠慮が過ぎるのかも。

お菓子屋さんの農業公園:ラ コリーナ

  • 2018.09.12 Wednesday
  • 06:20

滋賀県には規模の大きな公園が幾つかあります。

先ずは子供を遊ばせるにはうってつけの「希望ヶ丘」、バーベキュー等が楽しめる農業公園の「ブルーメの丘」、規模は小さいのですが道の駅でもある「アグリパーク竜王」など。

何度も訪れています。

今回行ったのは最近話題の農業公園「ラ コリーナ」。

近江八幡で行列の出来るバームクーヘンで有名な「たねや」さんが開業しました。

和菓子の叶匠壽庵さんの和テイストの「寿長生すないの郷」が有名ですが、こちらはちょっとメルヘン。

入口がこちら。

ここから入って行くと、歩道の先にメルヘンチックな建物があります。

何と屋根が芝生で覆われています。

近づくと。

入口にはトユがあるのですが水がポタポタと落ちています。

中は和菓子とバームクーヘンの販売所。

その一角に希少なものが展示してありました。

和菓子「落雁」の型。

この型を彫る職人さんは殆ど絶滅したと聞いています。

昔、この型を彫る職人になりたかったのを思い出します。

見事ですね。

和菓子の店舗がこちら。

土産にどらやきとカステラを。

和菓子の製造実演も見られます。

こちらの建物の二階はセンス抜群の佇まい。

カフェになっていて、バームクーヘンと喫茶を楽しみました。

その天井がこちら。

ドットの様な物は炭、白漆喰に図柄になる様な埋め方をしています。

 

こちらから外で出ると曲線の廊下が。

こちらの屋根も芝で覆われています。

この廊下の真ん中辺りに建物がありました。

こちらは有名なショット。

朽ちた様なミニから木がが生えています。

外されたドアもオブジェとして放置?されていました。

中には二階建てバスが。

こちらではかき氷やライスコロッケの様な食べ物等も販売。

アンティークなバイクも。

右側はトライアンフの様で、今も使えそうな雰囲気。

そしてこちらはシトロエンのバン。

上にあるのはヴェスパのスクーター。

 

廻り廊下に出ると土のオブジェ。

向う側に見えるのが「たねや」の本社だとか。

現在は入れませんが幾つかの店舗が開業予定だとか。

 

こちらは農業体験などイベントが常にあるそうです。

稲もたわわに。

鳴子も。

本社建物の直ぐ横にはカステラの店舗がありました。

切っている作業も拝見。

外に出ると芝生屋根の下がこんな形に。

傾斜した柱と軒が良いですね。

上の芝生屋根を見ると映画「ロードオブザリング」の風景を思い出します。

 

土日は車も入れない程の盛況だとか。

残念ながらお菓子がテーマの農業公園、ビールが飲みたかったのですがこれからのリニューアルに期待です。

岩倉具視旧宅へ行ってきました

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 06:32

「西郷どん」の笑福亭鶴瓶さんの怪演で話題となった岩倉具視の幽棲旧宅を見学してきました。

旧宅は京都市左京区の岩倉にあります。

 

こちらは表門、小さいながら立派な門ですが隠棲当時はありませんでした。

お公家さんの名字はその住まいの道路の名前や地名が使われる事が多く、気になっていた岩倉の地名は具視の生誕地という謂れから付けられたものではありませんでした。

岩倉具視は公武合体を進めた張本人として勤王過激派から命を狙われていました。

その為転居を繰り返し岩倉に。

岩倉家と縁のあった地に逃げ込んだ訳ですが、その時は朝敵と見なされ追放処分も受けていました。

 

通用門から入ると。

 

ここに落ちつく前は苔寺にも滞在したとか。

「西郷どん」では汚いあばら屋でしたが、実際岩倉のこの地の前に住んだ家はあばら屋だったそうです。

しかし、勤王志士と連絡し合った時は既にこの地に移っていたそうで、あれほどのあばら屋ではなかったとか。

 

こちらは岩倉具視の遺品(日記や絵画)や家族の資料が保管されている「対岳文庫」。

国の登録文化財となっています。

京都市庁本館や京都府立図書館等を設計した「武田五一」の設計になります。

対岳とは具視の雅号で岳は比叡山、その向いに住んでいるという事から。

 

趣があるのですが、何故か浅い池の風景。

 

この池の前を通って階段を上がると遺髪の碑が建っていました。

御維新後、東京に居を移した後も京都に帰ってくると岩倉の民を集めて宴会を開いていたそうです。

具視はこの地の人の恩を忘れなかった事から地元民から慕われ碑が建てられました。

 

「西郷どん」では岩倉具視と西郷が会っていたとされる岩倉の旧宅ですが、丁寧に書かれた日記では記されていないのであの場面はフィクションであっただろうとされています。

しかし、坂本龍馬や中岡慎太郎とは会っていた事が分かってはいます。

その建物が「主屋」

具視の孫「東伏見宮周子」によって「鄰雲軒」と名づけられました。

具視の玄孫に加山雄三。

聞いた事はあったのですが、改めてビックリ。

 

この主屋の前の庭は作庭の名手、七台目小川治兵衛が加わった事が分かっています。

具視の手植えの赤松と言われるのがこちら。

庭全景。

 

庭の外れに冠木門。

 

主屋に入りました。

モダンなガラス障子に使われているのは大正ガラス。

手づくりのガラス板でこれだけの大きさの大正ガラスは現在は制作出来ないそうです。

 

この部屋で大久保利通と王政復古の相談が進んだそうです。

何故か策士の様な印象のある岩倉具視ですが、実際は私利私欲の傾向は全くなく旺盛な探究心によって知識智慧が深く、求めれば答えを導いてくれる「棚」の様だと言われていました。

鶴瓶の演技に惑わされてはいけない様です。

 

具視がこの地に来た時に手に入れた家はこの主屋の北側にある「附属屋」

中庭を挟んで。

こちらに住んでいましたが、主屋を増築してから客との対面は主屋が主体に。

附属屋は立ち入り禁止ですが撮影は可能です。

かまどなども。

 

附属屋とは言うものの結構立派な建物です。

襖は当時のものではなく、修理が進んで綺麗になっています。

 

亡くなった時、我国初の国葬に付されたのはその人徳が評価されたからだと思います。

この「岩倉具視幽棲旧宅」の入場料は300円。

具視に関する歴史を説明頂きましたが、これが丁寧でずっと聞き込みました。

運が良ければ遭遇できるかも。

無鄰庵などと一緒で京都市の直接保存となってイベントも時々開催されています。

駐車場は受付で問い合わせると、少し離れているので地図が貰えます。

現代宮殿?佐川美術館

  • 2018.08.22 Wednesday
  • 06:20

以前から興味のあった佐川美術館へ行ってきました。

お客様が行かれ、お薦めを受けたので早速に。

そこは思ってもみない、モダンでクールな琵琶湖に浮かばせた宮殿の様な建物でした。

 

近づいて。

浅く水を張った池面は強い風で波打っていました。

ピチャピチャという音が心癒しに。

 

展示してある沢山の彫刻は佐藤忠良氏の作品。

これほど収集してあるのも珍しいかも知れません。

殆どがブロンズ像でした。

 

鹿の正面から。

葉をくわえている様です。

 

現在「田中一村展」の開催中。

工房でも棕櫚等の南洋植物を描く際の参考にしています。

有名にしたのは可成り後期の奄美大島での作品で、工房にある書籍でも殆どがその頃の作品でした。

しかし、奄美時代以前は強い印象の水墨画が中心で、特異性が発揮出来ない苦悩の時代が長かった様です。

展示作品は撮影出来ないので、これは紹介出来ませんが。

 

何棟かある建物は全て水面に囲まれています。

レストランではこの風景を見ながら食事も。

但し、平日とは言え順番待ち。

 

地下にある樂左右衛門氏の作品コーナーへ。

天井から光を取り入れる明り窓は水面の下。

さざ波が下に照り返してずっと動いています。

凝った造りに驚かされます。

滋賀県には有名なミホミュージアムがありますが、その建物と共通するものを感じました。

 

帰りに蒲を。

平山郁夫氏の作品も常設展示しています。

 

琵琶湖に浮かぶ宮殿を思わせる「佐川美術館」でした。

月曜休みが多いそうですが、平日でもしっかり混んでいる人気美術館です。

早朝の植物園

  • 2018.08.20 Monday
  • 15:50

先日、朝一番に京都府立植物園に行ってきました。

まだ、酷暑の最中でしたが、朝の植物園は最高です。

何せ空気が涼やかで美味しい事、人も少なめ。

ゆっくり満喫しました。

温室と花壇。

 

夏の花、蓮。

流石植物園、八重の濃いめのピンクがありました。

勿論白も。

 

紫の睡蓮。

 

向日葵が青空に映えます。

 

カンナと日々草?

 

大きな広場に人が居ません。

広場の片隅にレストランがあり、この広場を見ながらアイスクリームを頂きました。

 

大きな木でトンネルとなった散策路。

この木陰が嬉しいですね。

 

人の少ない早朝の植物園、お薦めです。

草間彌生:永遠の南瓜展へ

  • 2018.07.25 Wednesday
  • 06:12

京都は37度、ちょっとマシになったとは言え厳しい暑さです。

祇園祭の後祭でしたが「草間彌生:永遠の南瓜展」へ行ってきました。

四条通は祇園祭の影響でまだ車の通行が不可、何故か祇園のメインストリート町家の並ぶ「花見小路」は人が少なめでした。

その内八割は外国の方。

 

花見小路の入口から南瓜のモニュメント。

会場の祇園歌舞練場は大きく分けて三つの建物があります。

 

こちらがその名の通りの「歌舞練場」

奥に大きな会場となる建物があります。

祇園の芸妓舞妓の発表会である「温習会」は耐震設備の改造でまだ別会場での開催となっています。

 

こちらは「ギオンコーナー」が開催されている「弥栄会館」

登録文化財です。

ギオンコーナーは毎日午後6時と7時の二回、約50分日本の伝統文化を紹介するもの。

芸舞妓の京舞、生田流箏、茶道、華道、狂言、文楽と舞楽。

舞楽の「蘭陵王」をこのギオンコーナーで50年演じ続けられた方が工房のお客様に居られます。

節分の懸想文売で有名な須賀神社の宮司さんです。

 

こちらが南瓜展の会場「八坂倶楽部」です。

元々、都踊りはこちらが会場、呉服問屋の売出し会場として良く使われていました。

何度も反物の横で寝起きした所です。

現在は和風な美術館に改装されています。

作品の殆どは撮影禁止でしたが、一部可能。

こちらは草間彌生さんの自画像。

 

最も大きな作品も。

巾は5mくらいあったと思います。

拡大すると。

「草間ドット」と言われるドット柄の一つ。

作品はシルクスクリーンやリトグラフが多いのですが、思いもつかない配色があったので参考になりました。

 

この八坂倶楽部には良い庭園もあります。

池には鯉も泳いでいます。

昔、クリップを釣り針にしてイカの珍味を付け掘り込んだそうです。

算盤をくくり付けていたところ、可成りの勢いで池に引き込まれたとか。

続く猛暑のせいか枯れた芝も見えます。

 

こちらは大きな南瓜のオブジェ。

周りの丸い鏡もあって長くこの部屋にいるとめまいがしそうです。

 

こちらは二階の展示室にあった舟のモニュメント。

この舟に乗って夢の世界に行くそうです。

乗ってみたいですね。

舞台の背景の松がこの八坂倶楽部の価値を表しています。

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