京の始まり船岡山と建勲神社

  • 2019.07.31 Wednesday
  • 06:29

千二百年余り前、都が京都に遷都されました。

その要となったのが「船岡山」です。

京都盆地は東に鴨川、西に桂川そして額に当たる場所に船岡山がありました。

陰陽道、風水から最適地とされたとか。

船岡山の南側に大内離(平安宮)その中心に大極殿、真っ直ぐに南に伸びた朱雀大路が平安京の真ん中を通る道として建設されました。

京都の街が碁盤の目の様に縦横に綺麗に整備されているのはご承知の通り、碁盤の最上部に平安宮、その上に船岡山があったのです。

基点となった船岡山に登ってきました。

 

こちらが登山道(と言える程の険しさはなくほぼ散歩道)。

公園になっていて野外スタジアムまであったのは驚き。

 

この日は猛暑日(36,8度)、汗をかきかき登った頂上から市内の一部が見渡せます。

真南ではなく西に傾いていますが、昔は市内を一望出来た筈です。

真南に伸びた朱雀大路は現在の「千本通」ほぼ国道一号線へと繋がります。

 

こちらからは「左大文字山」が間近に。

火床が並んでいます。

拡大すると登山の人も。

この時代既にあった神泉苑の池に大文字の火が照り返して左大文字が出来たという伝説があります。

 

頂上には三角点の標識。

明治36年に設置されたそうです。

奥に見える塔はアンテナの土台だったかも、中に設備の跡形がありました。

雷除けの建物みたいにも見える不思議な建物です。

 

そしてこの後、この船岡山の中腹にある建勲神社へ。

裾からの大鳥居、東参道。

 

大鳥居を入ると義照稲荷参道。

この参道は登らず東参道を。

 

この神社、結構風情があります。

 

この階段を上がると本殿が。

 

拝殿。

拝殿の左に小さく見える「大麻」おおぬさと言います。

御幣の様な道具、お詣りする時に使う事ができます。

左、右、左と振ります。

 

そしてこちらが本殿。

祭神は「織田信長」です。

信長は本能寺で亡くなった事になっていますが、遺体は不明。

それでもあちこちにお墓はありますが神社は建勲神社だけの様です。

明治天皇から「建勲」の神号を頂いたとか。

隠れたパワースポットとして秘かに知る人ぞ知る神社。

「けんくん」は通称「たけいさお」と読むのが正式名称です。

機会がありましたら是非。

コメント
またまた初めてきく神社です。
それにしても信長をまつる社が、御所のすぐ北にあるというのもおもしろいですね。
いつごろ建てられたものでしょう?
  • 三月うさぎ
  • 2019/07/31 6:18 PM
三月うさぎ様、今晩は。
建勲神社は明治の初め頃建てられたそうです。
平安京の建設は東の方は進んだのですが、西の方、特に南よりは桂川の氾濫跡で湿地帯が多かったそうで開発が進まなかった様です。
今の繁華街の河原町通は無くてその西隣の寺町がメインストリートでした。
現在の御所は東に寄っているのは繁栄が東の方から始まったからの様です。
時代と共に京都の地図は変遷しています。
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