岩倉具視旧宅へ行ってきました

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 06:32

「西郷どん」の笑福亭鶴瓶さんの怪演で話題となった岩倉具視の幽棲旧宅を見学してきました。

旧宅は京都市左京区の岩倉にあります。

 

こちらは表門、小さいながら立派な門ですが隠棲当時はありませんでした。

お公家さんの名字はその住まいの道路の名前や地名が使われる事が多く、気になっていた岩倉の地名は具視の生誕地という謂れから付けられたものではありませんでした。

岩倉具視は公武合体を進めた張本人として勤王過激派から命を狙われていました。

その為転居を繰り返し岩倉に。

岩倉家と縁のあった地に逃げ込んだ訳ですが、その時は朝敵と見なされ追放処分も受けていました。

 

通用門から入ると。

 

ここに落ちつく前は苔寺にも滞在したとか。

「西郷どん」では汚いあばら屋でしたが、実際岩倉のこの地の前に住んだ家はあばら屋だったそうです。

しかし、勤王志士と連絡し合った時は既にこの地に移っていたそうで、あれほどのあばら屋ではなかったとか。

 

こちらは岩倉具視の遺品(日記や絵画)や家族の資料が保管されている「対岳文庫」。

国の登録文化財となっています。

京都市庁本館や京都府立図書館等を設計した「武田五一」の設計になります。

対岳とは具視の雅号で岳は比叡山、その向いに住んでいるという事から。

 

趣があるのですが、何故か浅い池の風景。

 

この池の前を通って階段を上がると遺髪の碑が建っていました。

御維新後、東京に居を移した後も京都に帰ってくると岩倉の民を集めて宴会を開いていたそうです。

具視はこの地の人の恩を忘れなかった事から地元民から慕われ碑が建てられました。

 

「西郷どん」では岩倉具視と西郷が会っていたとされる岩倉の旧宅ですが、丁寧に書かれた日記では記されていないのであの場面はフィクションであっただろうとされています。

しかし、坂本龍馬や中岡慎太郎とは会っていた事が分かってはいます。

その建物が「主屋」

具視の孫「東伏見宮周子」によって「鄰雲軒」と名づけられました。

具視の玄孫に加山雄三。

聞いた事はあったのですが、改めてビックリ。

 

この主屋の前の庭は作庭の名手、七台目小川治兵衛が加わった事が分かっています。

具視の手植えの赤松と言われるのがこちら。

庭全景。

 

庭の外れに冠木門。

 

主屋に入りました。

モダンなガラス障子に使われているのは大正ガラス。

手づくりのガラス板でこれだけの大きさの大正ガラスは現在は制作出来ないそうです。

 

この部屋で大久保利通と王政復古の相談が進んだそうです。

何故か策士の様な印象のある岩倉具視ですが、実際は私利私欲の傾向は全くなく旺盛な探究心によって知識智慧が深く、求めれば答えを導いてくれる「棚」の様だと言われていました。

鶴瓶の演技に惑わされてはいけない様です。

 

具視がこの地に来た時に手に入れた家はこの主屋の北側にある「附属屋」

中庭を挟んで。

こちらに住んでいましたが、主屋を増築してから客との対面は主屋が主体に。

附属屋は立ち入り禁止ですが撮影は可能です。

かまどなども。

 

附属屋とは言うものの結構立派な建物です。

襖は当時のものではなく、修理が進んで綺麗になっています。

 

亡くなった時、我国初の国葬に付されたのはその人徳が評価されたからだと思います。

この「岩倉具視幽棲旧宅」の入場料は300円。

具視に関する歴史を説明頂きましたが、これが丁寧でずっと聞き込みました。

運が良ければ遭遇できるかも。

無鄰庵などと一緒で京都市の直接保存となってイベントも時々開催されています。

駐車場は受付で問い合わせると、少し離れているので地図が貰えます。

コメント
よく聞くところですが、はじめて拝見しました。
しっかり保存されているのですねぇ。
ありがとうございます。
  • 三月うさぎ
  • 2018/08/30 10:02 AM
こんにちは。ご無沙汰してしまっています。
まだまだ暑い日が続きますね。お元気でいらっしゃいますか。
岩倉具視旧宅、素晴らしいですね。
幕末が大好きで、NHK西郷どんも観ています。
「鶴瓶の演技に惑わされてはいけない」 笑ってしまいました。
岩倉具視は公家だから、京言葉のはずなのに、
鶴瓶さんは、ちがいますよね・・
素敵なお庭、そして主屋と付属屋もすごいですね。
大政奉還後も、旧幕府勢力vs倒幕派、いろいろありましたが、
岩倉具視さんは、激動の時代をかけぬけた、維新の立役者、
明治政府の首脳にも入った、すごい人ですね。
こうやって、お屋敷を拝見して、
ありし日の面影を偲ぶ事ができるのは、とても有難いです。
  • 上村
  • 2018/08/30 11:20 AM
三月うさぎ様、お早うございます。
ここは岩倉実相院から100m程の近くにあります。
現在は京都市が管理しています。
具視の日記を見ましたが、小さいノートに極小さい文字で書かれていました。
筆まめではあったけれど、貧乏でもあった事は間違いないです。
かつて岩倉へは宝ケ池周辺の山を越える道しかない辺境の地で、志士達はここで宿泊が当り前だった様です。
維新後具視自身がこの建物を修理しています。
紅葉の季節は庭が綺麗なので是非と言われました。
人も閑散としています。
上村様、お早うございます。
とんでもない暑い夏でした。
今日も35度の予想です。
「西郷どん」は史実からはちょっと離れていますが、私にとっても英雄。
楽しみながら拝聴しています。
鶴瓶さんの演技は生の本人を脚本通り表現しているだけで、具視を演じている訳ではないですね。
少し臭い。
維新の立役者達は豪華な別荘を京都に建てましたが、具視はそれをしませんでした。
江戸が東京になってから京都は人口も急激に減り、寂れる一方だったのを助けた一人でもあります。
大事な宮中行事も京都でする様にしたのも岩倉具視だと言われています。
外国視察もして知識智慧が頭一杯だったので陰から日本や京都を支えられたのだと。
機会がありましたら、是非。
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