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知覧:武家屋敷、茶そして特攻

所用のついでに念願の知覧へ行ってきました。

その前に余り知られていませんが、日本一長い砂浜と言われる鹿児島、東シナ海に面する吹上浜の北端、「照島」の神社へ。

その謂れは古事記に遡ります。

国産みの最初に産まれた蛭子神が薩摩の照島潟で魚釣をしていたと日本書紀にあるそうです。

その島の神社がこちら。

大鳥居の向う側は海の水路があり橋が掛かっています。

私が行ったのは丁度満潮から下げに変った時間で、良く見ると大きな黒鯛が泳いでいました。

 

その橋。

向う側が吹上浜の北端部分で、毎年浜競馬が開催されます。

左側の州浜では町内の運動会もあったとか。

この島の向う側で磯釣りをした事もあります。

 

こちらから薩南にある「知覧」へ。

鹿児島から指宿スカイラインを経由します。

途中で面白い所に。

展望台に掛かる吊り橋は紫陽花が咲き誇っていました。

谷はそんなに深くはないのですが、紫陽花が一面に。

 

そして、知覧に到着、早速武家屋敷めぐりです。

七軒の武家屋敷の庭が公開され、その共通券が500円。

こちらがその道路。

知覧は鹿児島でも可成り南にあるので琉球すなわち沖縄の影響を強く受けているそうです。

門の入口には大きな石壁を作って一気に侵入する事を防御しています。

そんなご家庭は公開されていませんでした。

公開されていた庭を御覧下さい。

やはりちょっと武士らしい佇まい。

 

本来、茅葺きであったとか。

この建物は知覧だけに見られる独創的な建築でお目に掛かったのは初めてです。

 

続いて。

手入れが行き届いているのが分かります。

 

こちらは道路で見つけた「石勘当」いしかんとう。

三叉路付近に建てられた石で魔除けになるとか。

琉球から伝わったとされています。

 

山盛りの皐月。

向う側の塀の木立も波文様。

 

こちらも良い庭です。

こちらに見られる白砂は白州台地に起因しているのかな。

 

知覧の大通りには麓川から引かれた疎水が流れ、水車や鯉の泳ぐ姿が見られます。

 

日照りが強かったのでティータイムに訪れたのはお茶屋さん。

抹茶ソフトを頂きましたが、抹茶も振りかけた本格派。

水出しのお茶は最高、何回もお代わりを頂きました。

無農薬の有機栽培で育成されたとか。

もちろん、お持帰りしています。

(株)知覧農園の「雫」、家で飲むのが楽しみです。

 

お茶は宇治茶が銘品とされますが、宇治で作られる茶葉は極少量で他県のお茶と混ぜて宇治茶とされた時期が長く続いていました。

静岡やこの知覧のお茶に限らず混合されていたそうです。

現在はそれぞれの産地が産地独特の茶を推奨するのが当り前に。

 

知覧と言えば終戦近くになって始まった特別攻撃隊の基地であった事でも有名です。

その特攻隊の隊員の面倒を見たという鳥濱トメさんの「富屋食堂」がありました。

ここで家族との最後の別れをしたと言う人も。

この建物の直ぐ左隣に観音を祀っています。

特攻隊員の母として。

お詣りした後、知覧の特攻平和会館へ。

中は撮影禁止です。

 

知覧を飛び立った兵士の写真全てや遺書が展示、特攻に使われた戦闘機「隼」や「疾風」と零戦も。

特攻は戦闘機だけでなく、魚雷艇と一人乗り潜水艦「回天」もありますが、こちらの展示には魚雷艇も。

回天は広島の江田島にまだあると思います。

 

驚いた事に見学の半分は若い男性、学生らしき人も、女性も可成り居られます。

 

遺書も沢山拝見しました。

こんな事があってはならない思うと同時に、どうすれば避ける事が出来るのかを考えさせられました。

煽って票を集める政治家も居れば、百年の計を見据えても評価されない政治家も。

国際政治は片手で握手、もう片方は背中の後でナイフを持つというのが正しいとは思います。

しかし、自国の国民には腹の内を開いて、落ちついて説得するのが正しいのではと。

 

民主主義は衆愚政治の片面を持つ事を忘れず、煽るのではなく説得、納得がなければ数が揃ったとは言え独裁に。

あのヒットラーも民主主義から産まれたという事を心すべきです。

 

ヨーロッパの小国の中には今でも君主が政治の中心でありながら、幸せ度の高い国民が居る事も一つの参考にはなります。

民度の高い国民には民度の高い政治が付いて回る事が多いみたい。

 

特攻に行く前過したという隊員の宿舎が復元されていました。

 

中を覗くと。

この人達の恩にどうすれば報いられるのか、まだ分からないのがじれったい。

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この記事に対するコメント

知覧は重いですね。
ことばを失います。
三月うさぎ | 2017/06/21 12:54 PM
三月うさぎ様。
今晩は。
知覧から出撃した人が特攻隊の中では一番多いそうです。
命をかけると言う事がどんなに重い事か、実体験の無い戦後生まれは分かりません。
出撃前に終戦を迎えた特攻隊の人は矢張り生き様が違っていました。
覚悟が違うのかも。
otyukun | 2017/06/25 11:06 PM
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