パワースポット吉野は宝の山

  • 2011.10.04 Tuesday
  • 09:10
JUGEMテーマ:旅行
  今年の春、千本桜を見に奈良の吉野に行きました。
絶景を楽しんできましたが、帰宅すると家内が何かしら力がみなぎっていると言い出しました。
中千本から上千本まで坂道を上がり、吉野駅まで歩いて下りくたくただったと言うのに。

そんな事で又パワーを貰いに出かけたのです。
京都の自宅から近鉄の吉野駅まで三時間も掛かってしまう不便な所。
特急に乗ればもっと早いのですが、近鉄の特急料金には何時も違和感を感じてしまいます。

早朝の通勤ラッシュを避けてゆっくり目に出かけましたが、吉野駅で降りる客は我ら夫婦以外にお一人と言う寂しさ。
春の桜の季節とは全く違います。
今回はロープウェイで登る事に。
往復で600円です。
パワースポット吉野01
このロープウェイ建設は昭和3年ですから、80年以上経っています。

先ず向ったのは前回横目で通り過ごした「金峯山寺きんぷせんじ」
世界遺産で役の行者(役小角えんのおづぬ)が開きました。
山から山へ飛び移ったと言われる修験道の開祖で、その修行地として吉野から大峰山を開きました。
昔、問屋での修業時代、得意先との縁で毎年数人が大峰山へ一泊修行に送り出されていました。
その中でも一番の苦行が大峰山から吉野へ帰る「吉野下り」
私が行った時もその吉野下りの年回りだったのですが、何回峠を越えたか憶えていない程の遠距離を歩かされました。

「金峯山寺」の「仁王門」
パワースポット吉野02
この門は国宝、仁王像は重文です。
パワースポット吉野03
そして、前回見られなかった本堂「蔵王堂」です。
パワースポット吉野04
中は撮影禁止でしたが、創建当初はかなり綺麗な装飾をされていたものらしい事が分かります。
柱は金箔が剥がれ、その上部には仏画が描かれたいた様です。
大きな柱の中に一本だけ梨が使われていましたが、これほどまでに太くなるには何百年かかったのだろうかと思わせるものでした。
本尊の蔵王権現を役の行者が桜の木を彫って作られた事から、吉野では桜の植栽が進んだと言われています。
三体の本尊は隠されていて拝顔する事は叶いませんでしたが、国宝級の仏像や歴史上の遺物を拝見しました。

先の大雨で崩れたのか、金峯山寺の道路沿いの側壁を補修していました。
その前でお昼を。
パワースポット吉野27
うどんと柿の葉寿司のセットを頂きました。
鴨の味も良かったのですが、柿の葉寿司は秀逸。
酢飯の酸味と甘味に、鯖の強めの塩味が良く合って思わず「美味い」

今回の吉野行で最も収穫があったのが次の吉水神社です。
先ずは入口と言うか門から。
パワースポット吉野05
神社ではなくお寺の様です。
元は吉水院と言う役の行者創建の修行坊であったのですが、明治の廃仏毀釈で神社と改まったのだとか。
実際の建物の大半は仏式の様です。
この門の前に絶景があります。
パワースポット吉野06
一目千年と言われる桜の絶景ポイント。
桜の季節は向こう側の山肌が薄いピンクに染まります。

中に入ると直ぐ横にあるのが「弁慶の力釘」
頼朝の追手が迫った時、弁慶が側にあった釘を二本出し、その石に釘を親指で差し込んだと言うものです。
それを見た追手は逃げ帰ったとか。
後年、訪れた秀吉が力を授からんとしてこの釘を撫でたと伝わっています。
もちろん撫でてお力を頂いてきました。
パワースポット吉野07
真ん中の二つの部分はへこみ、その左右両側に突き出た部分が釘です。

この吉野は歴史の大舞台でもありました。
その中でもこの吉水院はその中心たる役割を負っています。
役の行者の山開きから義経の奥州へ落ち延びる前の逗留、そして後醍醐天皇の南朝としての行宮、太閤秀吉の花見の本陣など。
こちらは神社たるに相応の社殿。
パワースポット吉野08
大きくはありませんが、祭神は後醍醐天皇で左横の祠は楠木正成と吉水院宗信法印を祀っています。
入場の為のベルを鳴らすと、暫く待たされ、出た来たのはいかにも古武士の面相の宮司。
撮影禁止とは出ていなかったので聞いてみると「必ず撮影して下さい」との言葉。
思わずエッと聞き返しました。

書院には国宝級のお宝が満載でした。
この書院自体が重文ですが、日本最古の書院で秀吉の花見で修理した後醍醐天皇の玉座は桃山時代の様式を取り入れた豪華なものです。
ただ、保存状態、全て普通に置かれているので良くはありません。
勿体ない事です。
それでは一部ですが宝の山をご覧下さい。
狩野山雪の描いた襖絵「群鶴図」
パワースポット吉野09

こちらの部屋は「義経潜居の間」
奥州に落ち延びる前の静御前との別れの場でもありました。
パワースポット吉野10
その隣の「弁慶思案の間」
パワースポット吉野11
こちらは義経着用の鎧の一種?「色々威腹巻」
パワースポット吉野14

そしてこちらの間が秀吉が修理したと言われる「後醍醐天皇玉座」
パワースポット吉野12
後醍醐天皇の御物は沢山残されています。
重文指定の直筆「祈り之文」
パワースポット吉野13
硯や硯箱
パワースポット吉野15
この他に棗や笙など沢山保存されています。
南朝の御所跡として文化の遺物も。
パワースポット吉野16
そして、その史跡として訪れた人も多かったのです。
本居宣長の筆
パワースポット吉野17
神代よりたうとき山といでましの宮しかしけむよしのの山
こちらはお馴染み水戸光圀公が家臣佐々木介三郎にあてた書状。
パワースポット吉野18
こんな屏風も残されています。
パワースポット吉野19
こちらは山雪の「竹の図」ですが狩野永徳の作と伝わる「桜の図」もあります。
しかしそちらは傷みも酷く見て頂けるものではありません。
何とか修復出来ないものかとは思いますが。

こちらは庭から見た書院。
パワースポット吉野20
檜皮葺の屋根もちょっと弱り気味です。
吉野の建物は殆ど尾根にあり斜面沿いに建っています。
そんな訳でこの建物も裏側はこんな具合です。
パワースポット吉野21
お庭。
パワースポット吉野22
右向うに見えるのが北闕門。
これがパワースポットです。
パワースポット吉野23
五芒星の上に立ち印を結んで願い事、そして格子の上に移動、九字を切ると力が湧いてくるのだそうです。
後醍醐天皇もこの場所に立って祈られたとか。
そして最後に行ったのが「竹林院」
奈良の三名庭園の一つとされています。
パワースポット吉野24
有名な宿坊でこの門の左右にあります。
玄関は立派。
パワースポット吉野25
お庭はそれほど大きくはありませんが、姿の良いのは間違いありません。
真ん中にある枝垂れ桜は幹の様子が見事、年月を感じさせます。
パワースポット吉野26
池に鯉がいないのか、藻が繁殖してちょっと汚め、ちょっと勿体ない気がします。

吉野は優れた文化遺産がありますが、観光客は春の桜の季節しかお金を落としません。
通年の観光客が来ても良いだけのものがあるのに勿体ないと思いました。
山間にある地域で平面が少なすぎるのも辛いものがあります。
長い歴史に支えられた雰囲気が壊されない様、支えていく法を考えるべきだと思いました。
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