隠れた名店、和菓子の幸福堂

  • 2009.11.16 Monday
  • 18:48
京都は和菓子の宝庫。
その季節、季節で食べる和菓子が決まっているという伝統もあります。
例えば、六月三十日には「水無月」と言う外郎の上に甘い小豆を乗せた三角形のお菓子を食べます。
これを食べると夏の間元気で居られると言います。
これは外郎が氷室の氷を表し、六月の三十日にこの氷を食べると夏やせしないという宮中の行事に由来します。
小豆は悪魔払いの効能があると言われているのも「水無月」に使われる由来とされています。

この水無月、特においしいのが今回紹介する「幸福堂」
場所は

「幸福堂」と聞いて壬生寺近くの「幸福堂」を思い浮かべる人も居られるでしょう。
「きんつば」で有名ですが、この松原の「幸福堂」の分家さんです。
もう一軒、最近分家した「幸福堂」もあります。
店主の弟が十年程前に向日市に開店しました。
こちらが松原通にある本家の「幸福堂」
創業明治元年。

十年余り前にこのビルに移転、それまでは四、五軒西にありました。
今は倉庫に。

この暖簾は奥様の手描とか。
思い描く暖簾が手に入らないそうです。

和菓子の店は単品だけ、ほんの数種類、多品種の店に分かれます。
幸福堂は多品種を製造しています。
多品種なのにそれぞれが一定以上の味をしているのは見事です。
和菓子ではないのですが「赤飯」も秀逸。

店内ですが、男女二人の店員は従業員。
他に製造専門の方も。

種類が豊富で、どれが名物と言われてもそれぞれ味は優れていますが、それでも名代になっているのが「ぎぼし最中」
牛若、弁慶の五条大橋の欄干のぎぼしがモチーフです。
松原通が昔は五条通であったいわれもこの「ぎぼし最中」に託されているのかも知れません。
この最中を有名にしているのが「弁慶」とあだ名する形。
上に開いた最中にはあんこがたっぷり、見ただけで満足しそうなあんこの量に驚かれる事でしょう。

時代と共に味は変化しています。
終戦直後は砂糖は手に入らなかったので、さつま芋をあんこにしたとか。
甘い物に飢えていた人達は行列を作ったそうです。
習慣として甘さに飢えていたは時代は長く続き、砂糖の使用量は凄い物で甘くなければ和菓子でないとされていました。
しかし、時代が成熟するに連れ甘みを抑えた和菓子が好まれる様になって昔とは比べ物にならない程、あっさりした甘さになっています。
これは京都の和菓子業界全体で言える事でしょう。

近くに寄られたら是非、お立ち寄り下さい。
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