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着物の文様:謂れや意味・・・その弐拾四

昨年九月からの更新です。

今回は薄から。
薄(すすき)は芒とも書き、稲科の植物。
夏の終りから秋に掛けて白い花穂を付けるのは全国的にお馴染みの光景です。
余り花には見えませんが立派な花。
秋のトンボと良く似合います。
こちらは工房の作品で大きめの巾着。

東アジアに生息しますが、北米に伝播し被害を与えているとか。
日本では茅(かや)とも呼ばれ、茅葺き屋根の材料や家畜の飼料として使用。
集落の側に萱場として草原状態で保存されていた時期があります。
近畿では奈良宇陀郡の曽爾高原が有名、山焼きなどで保存され、その夕景は絶品です。
十年近く前に行きましたが絶景、三重に近く遠かったのを憶えています。
派手さの無い花ですが日本人の琴線に触れるのは花に見えないその侘び寂びの風情からか。
秋の七草の一つで十五夜の月見に萩と一緒に飾る事が古来よりの風習となっています。
こちらは巾着用に作った図案。

すすきの穂は動物の尾に似ている所から「尾花」と呼ばれていました。
有名な「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺は有名です。
枯れた薄を夜道で見かけると確かにそうかも。
瓢箪と一緒に描くと確かにそれらしく。


次は鉄線。
蔓性の植物で江戸時代初期に中国から伝来しました。
近似種のクレマチスを鉄線、あるいは鉄仙と呼ぶ事が多い様です。
蔓が鉄の線の様に細くて強く、柱に巻きつく所が由来とされています。
鉢物で栽培される事の多い鉄線ですが、ヨーロッパではアーチや壁面を覆う形で栽培されます。
ヨーロッパ自生種は花が小さく、日本等から移入される迄大きなクレマチスはありませんでした。
硬い蔓に固い結びつきを託して、婚礼衣装などに多く取り入れられています。
打掛でもこうであったろうと思わせる能衣装があります。
唐織。

夏の柄で、絽の着物や帯に使っています。
着物では雪輪に。

帯では筏に。

着物の図柄としては余り多く使われていませんでしたが、近年増えてきた様におもいます。
園芸品種として人気が高騰しているので、この図柄を希望される方も増えるのではと。

そして次は菖蒲
勝負、あるいは尚武と同じ音であり、凛とした葉の形が刀に似ている事もあり武士に好まれました。
男の子にとって邪気を払う縁起の良い草木とされています。
鎧などの武具にもそのモチーフは見られます。
こちらは坂井抱一が描いた菖蒲図。

五月五日の端午の節句が菖蒲の節句と言われるのは季節的な事もありますが、厄払いの意味合いが強かったのです。
同じ日に菖蒲湯に入る習慣も同じ意味合いですが、爽やかな香りから価値ある入浴剤に。
小袖にこんなものがあります。

同じものに思われるハナショウブは菖蒲のサトイモ科に対して、別種のアヤメ科で菖蒲と同じ様に湿地を好みます。
一方アヤメは同種であるものの、山野草で湿地には生えません。
ハナショウブは日本産のノハナショウブを改良した園芸種。
そしてもう一つが杜若(かきつばた)で花色が青紫色の一色のみ。
かきつばたの名はその花色を染めに使ったところから「書付花」が訛ったものと言われています。
杜若を銘された小袖がこちら。

着物の図柄としては現代では一括して菖蒲とされる事が多い様です。
工房でも着物の図柄名として菖蒲以外を使う事はありませんでした。
その一つ、昔染めた振袖「菖蒲に鴛鴦」

家紋ではこんなに違いがあります。
丸に菖蒲では思いもかけないこんな形で紋の種類も二つ程。

可成りデフォルメしてあるので菖蒲に見えません。
杜若の丸。こちらは工房の紋帳にも四十五と柄数が揃っています。

杜若の人気が非常に高かった時期があったので、その時期に増えたものと思われます。
武士に珍重された菖蒲の家紋がこれほど少ないのは別の意味があるのかも知れません。
着物の図柄に使われる菖蒲は杜若の事かも。


次は百合。
百合は品種が多く150種以上と言われています。
日本原種15の内日本特産種は7種とか。
その根が食用になるものも有り、茶碗蒸しの材料と知られています。
初夏に開花、こちらは冬場はスキー場である滋賀県の箱館山。

旧約聖書でイブが蛇に騙されて禁断の実を食べてエデンの園を追われた時、イブが流した涙が地上に落ちて百合になったと言われています。
キリスト教の影響かイタリアのフィレンツェの紋章は百合に。

白百合は聖母マリヤの象徴とも言われ、花言葉にあるように純潔、清純そのものの風情があります。
「野の百合」の映画では修道女を指していました。
尤もカサブランカの様に白であり乍ら妖艶な百合も。

着物でも型染めには結構使われますが、手描友禅で染める事は稀で工房でも別注で風呂敷を染めた事ぐらいしかありません。

小物では図案としての名作を巾着にしました。
片面には紋黄蝶がぶら下がっています。

坂井抱一の屏風に。


そして芥子。
同じ文字で「からし」とも読みますが、今回は花の「けし」
現在一般的に栽培されるのは亜種のヒナゲシ(ポピー)で、本種の芥子はアヘンそしてモルヒネからヘロインに精製されます。
栽培の起源は古く五千年前とされ、ヨーロッパ全土に広まった後麻薬用に。
大航海時代に世界に広まりました。
特にイギリスは植民地にしたインドで大規模に栽培、清国へ輸出し莫大な利益を得たのは有名。
現金収入を得る簡単な方法として国際法上違法とされつつも反政府組織の重要な財源となっています。
着物用の図柄となるのはヒナゲシの方で、忘れる程昔に染めた帯の写真が残っています。
ローケツの堰出し技法で染めています。

虞美人草とも雛罌栗、フランス語でコクリコ。
なるほど虞美人草だという絵がこちら、作者は不明。

芥子を着物の図柄に使う事は多くはありません。
群生した芥子を描いた道行を染めた事がありますが、写真無し。
添え物として時々使う程度で、一般的にも主題として着物になる事は少なめの様です。

今回最後は芙蓉。
アオイ科フヨウ属で7月頃から開花する夏の花です。
それも朝の開花で夕方にしぼむ一日花。
朝純白の酔芙蓉は午後には淡い赤みを帯び、酔った様な色になる所から名づきました。
酔芙蓉は八重が通例。
京都の山科には沢山の酔芙蓉を咲かせる大乗寺というお寺があります。
昼頃に訪れると全ての顔色を見る事ができます。
朝のスッピンは芳醇乍ら清楚。

ほんのり赤味を帯びて。

しぼむ寸前の酩酊状態になると。

芙蓉という言葉は美しいもの、美女を指す言葉で、富士山は芙蓉峰と、蓮を水芙蓉と呼ぶ事も。
中国では沢山の芙蓉を植え美女を侍らす皇帝が多かったとか。
滋賀県の長浜にも舎那院というお寺が芙蓉の名所となっているそうです。
こちらは本種の芙蓉、次期遅れの十月頃西本願寺で撮ったもの。

繊維を使って紐や綱が作られていますが、鹿児島県の下甑島では幹の皮を糸にした衣服(ビーダナシ)が日本で唯一織られていたそうです。
軽くて涼しいので重宝されましたが、手間が掛かるため裕福な家庭の晴れ着として使われていました。
下甑島の民俗資料館には世界に一枚だけ展示しています。

季節的に夏なのでポッタリとした大きな夏の衣装には暑苦しく感じるのか、夏物でも使う事は少なめ。
単独ではなく大勢の中の一つとして単衣に使った事のあるくらいです。


今回はここまで。
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着物の文様:謂れや意味・・・その弐拾参

JUGEMテーマ:アート・デザイン
今回は蓮(はす)から。
原産はインド、多年生水生植物。
インド、ヴェトナム、スリランカの国花でもあります。
蓮の古名は咲いた後の花床の部分が蜂の巣に似ている所からハチスと名付けられました。
はすはその転化と言われています。
白蓮の中心がそうです。
白蓮
白連と言っても奔放の歌人ではありません。
そして蓮の根が「蓮根」
内部には穴の様な空洞があり、先を見通すと言う意味から縁起物とされ、おせち料理に欠かせない食材となっています。
その蓮根を使った熊本の芥子蓮根は有名。
蓮の種はその表皮が厚く、土の中で発芽能力を長く保つ事が出来ます。
その為、発掘された弥生時代の種が開花した事も。
中尊寺では藤原一族の棺の中から蓮の種が発見され、開花まで成功しました。
種は生薬として使われます。
花は「蓮華」レンゲソウとは全く別もの。
インド原産もあってヒンドゥー教でも聖なる花にされていますが、その流れを持つ仏教では特に敬愛されています。
如来の台座は蓮華、悟りの座です。
観音像
成仏すると蓮の台(うてな)の上に生まれ変わるとも。
八葉の蓮は極楽浄土にある花弁が8枚の蓮華。
泥水の中から美しい花を咲かせる姿が仏を象徴すると考えられたからです。
そんな意味から、仏事や法事に使う柄として蓮が良く使われてきました。
こちらは帯、ローケツの堰出しで染めたもので、無地の着物と合わせます。
蓮の帯
工房では死装束として右前に蓮の花を配置した付下風の着物を作った事があります。
しかし、中国人と違って、死を忌み嫌う日本人には未だ興味が無い様です。
中国では死装束のファッションショーがあるそうです。
そのせいか、着物の柄として使われる事は少なめ、風景の一部に使われる事があるくらい。
こちらは金襴蓮池水禽模様、江戸時代のものとされています。
金襴蓮池水禽模様和久田手
蓮の葉に浮く水玉はロータス効果と言われ、撥水効果で葉の上に付いた汚れや虫を絡めとりながら流れ落ちます。
微細な凹凸が水の表面張力と作用するとか。
撥水の研究テーマとして注目されています。
蓮の葉
蓮葉女(はすっぱおんな)と使われる事があるのは、この水玉や葉自体のゆらゆら動く様から名付いたとも。
茎がストロー状態になっている所から、葉に酒を注いで飲む事ができます。
これを「象鼻杯」と言い、酒を「蓮酒」と。
一度試飲してみたいものです。


次は桔梗(ききょう)
万葉集では秋の七草の一つとされ、絶滅危惧種となっています。
その時代は朝貌(あさがお)と呼ばれ「岡に咲く神草」と言う意味で「岡止々支」(おかととき)とも。
清和源氏の土岐氏が本拠とした土岐はこのトトキが咲く所から名付いたと言われています。
秋草と言われても、実際に咲くのは夏7月頃、着物では夏の花としています。
桔梗の花
この写真は明智光秀ゆかりの京都亀岡にあるお寺の近くで栽培されたもの。
土岐氏一族であった光秀の家紋が桔梗であった所以から毎年沢山の桔梗を咲かせています。
桔梗の紋も同じ名前ながら微妙に違う三種がありますがその一つ。
桔梗紋2
桔梗全体では工房の家紋帳にも約150種。
変った所では安倍晴明の家紋も桔梗の一種で晴明桔梗とも言われています。
安倍晴明印
五芒星とも言われ、陰陽五行を表し魔除けの呪符として旧陸軍にも採用されています。
桔梗はその色を桔梗紫と言いますが、白やピンクの園芸種も。
着物の図柄としては桔梗単一で描かれる事は少なく、一部に添えられるのが通例です。
こちらは夏帯で虫籠に萩桔梗を添えた工房作品。
虫籠に萩桔梗太鼓
そしてこちらは色留袖「花丸に枝花」
小さいので見難いのですが、花丸に一つ、右後から下前にかけて桔梗があります。
色留花丸に枝花
上前をクローズアップすると。
花丸上前
下左の花丸が桔梗です。
矢張りメインの位置には花の王様牡丹が鎮座します。
桔梗で有名なのは紫式部の廬山寺や東福寺塔頭の天得院ですが、圧倒的な量は上記で紹介した亀岡ききょうの里。
その数五万株。
湯の花温泉の奥にある谷性寺(こくしょうじ)は光秀の首塚がある事から、追善供養や光秀祭を開催、すぐ側にききょうの里が出来ました。
そして、その根にはサポニンを多く含む事から漢方薬として使われます。


その次は女郎花(おみなえし)
秋の七草の一つ。
この名の由来は色町の女性の事ではなく、公家で仕える女性達を女郎「おみな」食物の粟(あわ)に見えることから飯「へし」女性の飯というのが有力です。
粟は米より早く栽培が始まった作物で、ヒエと共に庶民の重要な食べ物で穂が黄色に熟しました。
なるほど黄色い粟粒に見えます。
女郎花
万葉集や源氏物語にも登場する古くから使われた名前で、能の演目にも。
誤解から自死した妻のお墓から生えた女郎花、近づくと拒絶する様に風で逃げた事から自ら妻と同じ川に身を投げた小野頼風の物語。
そこからか別名「思い草」とも。
図柄としての女郎花は淡黄色の小花を傘状に表現します。
一番一般的な形は。
女郎花図1
傘の中に点を入れる事も一番多く、以前作った姫几帳の御所解柄の中に入っています。
真ん中下の方。
萩女郎花に橋水車
女郎花も単独で使われる事は少なめ、御所解や秋の風情を表現する際にその他大勢に加えられる事が殆ど。
素描では花の部分が傘状にせず点で表現される事が多め。
女郎花図2
位置付けに配した花の丸にも使いました。
とても個性的な配色で上前の一部。
花の丸
一番上が女郎花、一番下が次の撫子。
それから、乾燥させて煎じたものは解熱や解毒作用があるそうです。


今回の最後は撫子(なでしこ)
撫子は世界で300種と言われていますが、日本人が撫子と読んでいるのは河原撫子を指しています。
夏から秋に掛けて咲くので「常夏」と、この名は源氏物語の巻名にも。
別名ヤマトナデシコ。
撫子
中国原産の石竹をカラナデシコと呼んだ事に対応したものとされています。
平安時代に渡来した石竹は四季咲きである事から園芸種として広く栽培されました。
他にも姫浜撫子、信濃撫子は日本固有種だとか。
図柄の世界では撫子の別名を石竹とも言っていますが、本来近いとは言え別種。
撫子も秋の七草の一つで、その呼び名から子供や女性に例えられてきました。
サッカー女子日本代表がナデシコジャパンと呼ばれましたね。
「控えめ」「おとなしい」女性を日本女性のあるべき姿になぞられ大和撫子と言われます。
ところが花言葉には「勇敢」「大胆」という意味もあります。
よく分かりますね。
花期は秋ではなく夏、着物でも夏用に使われる事が多め、桔梗や女郎花と同じく単独で柄全体を構成する事は先ずありません。
こちらは単衣の総付け小紋の一部「花筏:撫子」
友禅撫子
夏用の帯では「松皮取りに疋田、撫子取りに露芝兎」
疋田は摺、兎に露芝は素描で染めています。
帯疋田に描き撫子
夏用の帯揚げ生地に「露芝に撫子」
帯揚げ絽撫子
もう既に在庫はありませんが、夏らしい帯揚げです。
面白い家紋に夏と冬を合わせた「雪持ち地抜き撫子」
雪持ち地抜き撫子
江戸期の能衣装、唐織の「金地蝶撫子模様」の一部。
能装束金地蝶撫子模様
撫子は江戸期から昭和に掛けて園芸種が沢山作られた大人気の花でした。
専門書や番付表が出る程。
しかし、先の大戦で壊滅的な打撃を受け当時の品種は殆ど残っていません。
残念ですね。

今回はこれにてお開きです。


 
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着物の文様:謂れや意味・・・その弐拾弐

JUGEMテーマ:アート・デザイン

今回は先ず「梅」語り尽くせない程、日本人に愛されている花です。
今回は全て長くなりますが出来るだけ端折って。
日本では一番早く咲く花と言う事から嘉祥木(かしょうもく)として珍重されました。
春の事触れ、先駆けて咲くことから花の兄とも言われ瑞祥紋とされています。
季節性が本来強い花ですが、吉祥文として季節を問われなくなっています。
これは滋賀県長浜での盆梅展で撮影した白梅。
白梅
花だけでなくその梅の実は梅干として日本の食卓を代表する食物。
南高梅として和歌山が日本一の出荷量。
良い「塩梅」と言われるのは梅の酸味料としての味付けから来ています。
梅は健胃や整腸に効果が顕著であるのは良く知られていますが、青梅をそのまま大量に摂取すると含まれている青酸によって中毒する事があるので注意する必要があります。
香りが良い事、早く咲く事で沢山の別名が付けられているのも、日本人が梅を愛する証左といえます。
香栄草(こうばえぐさ)、匂草(においぐさ)、香散見草(かざみぐさ)、春告草(はるつげぐさ)、好文木(こうぶんぼく)、風告草(かぜまちぐさ)、初名草(はつなぐさ)、清客(せいきゃく)、索咲の客(さくしょうのきゃく)など。
奈良時代、花見と言えば桜ではなく梅を指していました。
桜に変わったのは平安時代以降で、梅は華やかさと言うより文化的な哀愁を求める花とされる様に。
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな」と詠んだ菅原道真公に因んで各天神さんでは梅が沢山植えられています。
家紋の梅鉢はその縁もあって天満宮の神紋とされています。
梅鉢
梅は昔から絵画の素材として多用、浮世絵では迫力ある巨木がこんな風に。
「英泉」の三枚セット、三美人の浮世絵。
英泉 梅
更に最後の浮世絵師「芳年」の有名な「月百姿」にも若き日の道真公を描いた「月夜に梅花」。
芳年 月夜に梅花 菅原道真
着物に使われる梅の柄の種類は桜や椿と同じくもの凄い数があります。
江戸時代の振袖に「梅立木」
紅綸子地梅立木模様.jpg
小袖に現代に通ずる梅文様。
薄紫縮緬地梅窓模様
工房でも梅は沢山使っていますがその代表作を幾つか紹介します。
こちらは珍しい「写し糊」の手描きで梅を、素描で鶯を染めた付下。
梅に鶯
こちらは染帯、梅の形をぼかしで表現、桜梅笹を金糸目の友禅で仕上げています。
帯影梅に梅笹桜友禅
次は振袖から転用、同じくぼかしで梅を表現、匂いを金糸目友禅で仕上げた十三参りの着物。
十三参り梅花ぼかし
驚異的なぼかし技術を駆使した振袖に。
大梅に梅
そしてこちらはテレビで紹介されたりカレンダーにも使われた「枝垂れ梅」文様の振袖。
裾色は臙脂から深い緑に変更しています。
振袖枝垂梅
天満宮の家紋に使われた梅鉢家紋は工房が知るだけで39種
それ以外に梅だけで130種あります。
幾つかご紹介しましょう。
先ず「光琳梅」他に変種もあります。
光琳梅1
こちらは「裏梅」 能衣装などに用いられる裏から見た梅。
裏梅1
美しいと思ったのは「一筆梅」
一筆梅
着物の意匠としても沢山ありますがこの辺で。

次は「桜」
国花と思われている方が大半だと思いますが、正式な国花にはなっていません。
しかし、日本を象徴する花として誰もが認めています。
パッと咲いてパッと散る、その心意気を愛でたものです。
 一斉に咲き誇る桜の花の姿は「成功」のシンボルとも。
花王ともいわれる桜、桜の歴史は古く、縄文時代前期からと言われています。
桜は平安時代、仮名文字が使われだし女房作家が生まれた事や、天台仏教の広まりから刹那に咲く様に無常観を「あわれ」「みやび」として見出しました。
花と言えば梅だったのが桜に変わったのです。
その潔さから武士道では生死の象徴として「花は桜木、人は武士」と。
しかし、現実的には家の長生を願うのか、家紋に使う武家は稀という皮肉も。
それでも日本人に愛されているのか工房の保存する家紋帳では130種近くに。
分かり易く「陰桜」花びらの先が丸いので梅と混同するかも知れません。
陰桜
一般的な花びらの先が尖っているのは「山桜」と名が付いています。
陰山桜
桜は突然変異が多く、品種改良もし易い植物で、桜の代表とされる「染井吉野」は種子では育たず接木によってのみ生み出されています。
その原種が限られた原木という事もあって、一斉に花開くという現象ともなっています。
一般には木として寿命が短く60年という説もありますが、稀に百年を越す老木も。
それに引き換え、山桜や江戸彼岸桜では数百年の古木になる事も。
桜の名勝を一つ、琵琶湖疎水が発電機を回した後の水路、岡崎疎水。
建物は国立近代美術館。
近代美術館の桜
こちらの桜は嵐山近くの車折神社の桜。
車折神社の桜
桜の意匠は工房にあるだけでも大変な数があります。
古き物の遺産を受け継いでいるのです。
こちらは能衣装「摺箔紅白段枝垂桜模様」
摺箔紅白段枝垂桜模様
そしてこちらは江戸時代の振袖「浅葱縮緬地桜滝に鼓模様」
浅葱縮緬地桜滝に鼓模様
我が工房でも桜は振袖で最も使われる図柄で数えきれません。
その中の一つ、最も人気のある「枝垂れ桜」文様の一つで鴛鴦、流水と一緒に。
振袖:枝垂桜に鴛鴦
桜は図案としても変形種が沢山あります。
その柄を使った遊小紋兇砲海鵑癖舛。
上前と上衽を染めたサンプル、バックの白抜きシルエットも桜。
こうなると季節性は余り感じられません。
遊小紋矯シルエットに桜
帯ではそのシルエット桜とコッポリをぼかしで表現しています。
六通花暈し桜こっぽり
ローケツのシルエットだけでこんな帯も。
帯ロー堰桜
工房の行灯でも「遊にゃん」が桜に囲まれて。
遊にゃん桜夜
散華の様から戦死、殉職を美化する象徴となった時代もあります。
こうならない為にも、他国の不実を見極めつつも感情に走らず、適度な距離感を保つお付き合いが望まれます。

今回の最後は「椿」
椿の花は元から落ちる為、首が落ちるになぞられて武家達には好まれなかったと言われていた花です。
こちらは椿寺として有名な霊鑑寺の苔に落ちた椿。
霊鑑寺の椿
一般ではそれを嫌って、家紋には多く残っていません。
ところが、それは明治時代からの流言で、江戸時代に忌み花であった記述は残っていないそうです。
むしろ、将軍家を始め江戸の各大名も椿の品種を競う程で庶民の間でも流行しました。
本来は春の到来を告げる聖なる木として縁起が良いのです。
「椿」という文字は中国から伝わったのではなく日本で作られた「国字」それほど親しまれていたという事。
日本書紀では悪鬼退散につかわれ、災いを払う道具として正倉院に残されています。
梅や桜程ではありませんが、万葉集にも多く詠まれています。
江戸時代には世界で初めて椿の園芸品種を紹介する書物も出版されました。
龍安寺には秀吉が愛でたという室町時代の侘助椿が残っています。
山茶花と良く似ていますが、山茶花は花びらが一枚ずつ落花するので区別出来ます。
木質は硬く、鎌倉彫などの工芸品には多く使用されています。
椿の葉を焼いて作った染料を山灰(やまばい)といい 草木染の紫色の染料にしました。
先日染めた遊小紋の別注「椿」文様は最も良く知られる椿の図案の原型と言えます。
遊小紋椿
似た形で一世を風靡した花ぼかしの椿、古代縮緬の染帯です。
仕上げの金泥描きと良くマッチ。
帯花ぼかし椿
古典的な椿を巾着に、裏表。
巾着椿
この形をアレンジした図柄が殆どですが、椿程異形が沢山ある花は他に例を見ません。
単純な丸型に変形した「万寿椿」現在中止している綿の和手ぬぐいの一部。
現在は「和ぶくろ」に転用しています。
万寿椿
匂いを丸で表現した椿を輪に配置した染帯、呉汁描きと言う手法を使って描き上げています。
帯呉汁描き椿丸
椿は図案化すればする程モダンな柄に変身します。
余り公開出来ませんが三つ程。
先ずは品のいい万寿椿。
椿図案
匂いを水玉にデフォルメ。
椿図案
松の様に変形。
椿図案
椿を愛でる言葉に「玉椿」と言う言葉があります。
40年程前、当時京都一と言われた製造卸が染め上げた着物の登録商標にしていました。
その反物を古着屋で見つけたときはそのシールも。
今は殆ど使われる事のない「羽尺」
反末です。
玉椿の羽尺2
ローケツの堰出しを三回、ぼかしの染付け三回、仕上げの染付け一回というとんでもない時間をかけたもの。
当時は現在の生地代程度で販売していましたが、付いていた札は二千円。
私が修業時代勤めていた会社で、現在は次男さんがインドネシアのバティックをつかってショールなど大きく商売されています。
小堀遠州という戦国大名がいました。
上手く生き抜き徳川家では作事奉行として活躍、茶人古田織部に師事していたこともあり宸殿、茶室等の建築や作庭に力を発揮しました。
後々の茶道や華道に影響を与えています。
遠州好みという事から、その名が付いた椿があります。
「遠州椿」で椿の花を軍配のように左右対称にした図柄。
上の羽尺には良く使われたものです。
遠州椿
古代裂にも良い図柄の椿がありました。
摺箔で牡丹と一緒に。
紫地椿牡丹立木模様摺箔

本日はここ迄。
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着物の文様:謂れや意味・・・その弐拾壱

JUGEMテーマ:アート・デザイン
実を付ける植物の続きです。

今回は「南天」から
初夏に白い花をつけ、冬に果実をつけるめでたい花木として正月の床にも飾られます。
光悦垣に南天という贅沢なお庭をお持ちのご家庭も。
光悦垣に南天
「難を転ずる→ナンテン」ところから魔除けとして使われてきました。
宅地の北東を表鬼門、南西を裏鬼門とされていますが、この南天を植える事で難を逃れると言うのです。
以前の自宅には両方南天を植えていました。
重箱の赤飯の上には 葉を添える習わしがあります。
明月記の赤飯
こちらは兵庫の明月記という弁当仕出屋さんの赤飯。
食品の防腐に使われるからですが、実はシアン化水素という猛毒が作用しています。
極微量なので全く問題はありません。
葉は生薬として解熱等に使われます。
薬は毒を上手く使うから薬に。
実は咳止め薬として有名ですが、毒性も結構あるので適度な配合が必要、素人治療に使っては危険です。
樹皮や根は胃薬として使われたりしていますが、南天はそれに留まらず抗アレルギー作用もあると言われる万能薬の原料となっています。
図柄として白生地の地紋に使う事は多めで、
白生地南天
着物の柄に使う事は少なめ、地紙に描いた図案があります。
家紋を参考に。
地紙南天
家紋では南天枝丸が良いデザイン。
南天枝丸
南天は低木で高く育つ事は余りありませんがそれでも二階の屋根程度の南天を見る事があります。
床柱にまで育つ事は稀ですが、金閣寺の茶室夕佳亭(せっかてい)にあります。
夕佳亭
正面床の左側、曲がりくねった床柱、見事。

次は「葡萄」
豊穣を表す象徴的な果物で、ぐんぐんと伸びる蔓とたわわに実る房が繁栄を表しています。
初秋の季節を象徴する文様です。
正倉院の宝物にもその文様が見られ「葡萄唐草紋」の原型となっています。
葡萄唐草
永遠に続く割付紋で、この柄を使って蝋描きをした事があります。
白生地の地紋でもお馴染みです。
葡萄唐草紋.jpg
葡萄唐草は日本だけの物ではなくシルクロードを伝ってヨーロッパから生食用葡萄と一緒に伝わった物と考えられています。
江戸時代の能衣装、摺箔紫地色紙葡萄模様。
摺箔紫地色紙葡萄模様
家紋にも下り葡萄文。
下がり葡萄
葡萄枝丸文。
葡萄枝丸
日本では可成りの品種が栽培されていますが、ヨーロッパの葡萄はワインの為の単一種しか栽培されていません。
と言っても幾つかの系列に分かれ、土壌の質、気候、栽培方法で味が変わります。
世界の葡萄のうちワイン用が70%を越え、葡萄の生産世界一は中国、生産国の表示で余り見かけないのはブレンドされているからだと思います。
日本での葡萄は生食用90%、巨峰、デラウェア、マスカット、ピオーネなど
チリ等がワインの産地になったのは植民移住したヨーロッパ人の嗜好により栽培されました。
酒類の中で乙種の焼酎とワイン、その蒸留酒であるブランデーだけがアルカリ性だと言われています。
日本酒も玄米を材料にするとアルカリ性で滋養に満ちた酒になるかも。
飲めた物ではないのかもしれませんが。
赤ワインはアントシアニンなどのポリフェノールが豊富に含まれているので、飲み過ぎなければ一番健康的な酒だとか。
昔の葡萄酒のポスター。
蜂印香竄葡萄酒
工房の作品にも幾つか。
こちらはローケツの堰出しと素描で仕上げた小紋の一部。
ロー堰葡萄
帯でも似た柄を染めています。
ローケツ葡萄
夏帯では型染めの疋田と素描で染めたものも。
疋田に描き葡萄

次は「瓢箪」
「ひさご」とも言って京都には有名な寿司屋の名前にも使われています。
アフリカ原産で瓜の一種、本来はずんぐり丸いものも言いますが、真ん中がくびれた品種を指します。
食用とされていますが、果肉には食中毒を起こす成分が含まれるので注意が必要。
毒物質の少ない食用の瓢箪が夕顔で平安時代にアフリカ、中国を経て渡来しました。
しかし、苦味のあるものは中毒を起こす事も。
京都の植物園の瓢箪。
瓢箪
果肉を取り除き乾燥させたものが容器として世界中で利用されています。
日本では専ら酒の入れ物。
工房のポストカードにも。
遊にゃん瓢箪徳利
三個で三瓢子(三拍子)揃う、六個で六瓢(無病)として無病息災の語呂合わせから縁起物として染物や掛軸に使われてきました。
工房の作品、素描の紬帯。
帯瓢箪
瓢鮎図という国宝の超有名な水墨画があります。
鮎となっていますが鯰の事。
禅の公案を描いたものとされ、宙に浮いた瓢箪を手で押さえながら、鯰を生け捕ろうとしています。
瓢鮎図
捕らえ所が無いと言う意味からか、悪魔や怨霊にも捕まらないに転化、魔除け・厄除けとして信仰の対象になりました。
瓢箪の中には神霊が宿ったり、宇宙の邪気を封じ込める器とも。
アラジンの魔法のランプと同じ扱いをする物語が日本や中国にもあります。
瓢箪は種が多いため子孫繁栄の意味もあり、商売繁盛の対象にも。
その事から秀吉の家紋になったとか。
千成瓢箪
滋賀県の長浜は秀吉の所領地でした。
そのせいか黒壁十二号館の名前は「太閤瓢箪」全日本愛瓢会本部とあります。
長浜太閤瓢箪
瓢箪から駒ということわざがあります。
先程の中国の物語が伏線。
有り得ない事が実現してしまう事があるという謂れ。
馬の駒を将棋の駒に替えた帯の図案。
瓢箪から駒.jpg
現在は作っていませんが、ローケツの手ぬぐいでも
手ぬぐい瓢箪.jpg
ひょっこりひょうたん島でお馴染みの瓢箪島ですが、瀬戸内海広島と愛媛にの県境に実在します。

実が意匠として使われる物はこれでお終い、花そのものに入ります。
最初は「桐」
帝を象徴する鳳凰が棲むという木が桐とされています。
その為桐は高貴な木とされ、家紋の五七の桐は代々天皇家の家紋とされてきました。
五七桐
菊の御紋に次ぐものでしたが、武家も欲しがったので有力な足利尊氏や豊臣秀吉に下賜。
親玉の信長の肖像画にも登場。
信長肖像画
近代日本でも国章として使われる事が多く貨幣や勲章でも見られます。
花の少ない五三の桐は有力武士から家臣達に与えなどした為、次第に一般的な家紋として広がりました。
揚羽蝶と共に汎用として、誰が使っても構わない家紋として一番多く使われる家紋に。
桐を使った家紋、工房所蔵の家紋帳には200を遥かに越える凄い数の種類があります。
その中でちょっと面白い「桐舟」と言う家紋。
桐舟
5月、6月に紫の花を咲かせますが、 吉祥として季節に関わりなく用いられています。
健やかな子供の成長を祈願する木で、昔は女の子が誕生すると桐を植えました。
成長が早く嫁入りの箪笥の材料に使用したのです。
桐は軽い事から下駄の材料に、吸湿性や排湿性に富み割れや狂いが少ないので箪笥としては絶好の素材でもあります。
また発火し難いという特徴も。
桐の葉は虫除けに用いました。
その意味から魔除け・厄除けの意味も持ちます。
現在は余り植栽されておらず、輸入に頼っている状況。
工房では余り桐の図柄を使う事はありませんが秀吉が使ったと言われる胴服に辻が花でこんな着物があります。
秀吉桐矢襖模様辻が花胴服
また能衣装では唐織で縁のある鳳凰と一緒に。
唐織緑地桐鳳凰模様
名物裂にも。
名物裂紺地桐模様大内

次回も沢山ある「花」を続けます。
 
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着物の文様:謂れや意味・・・その弐十

JUGEMテーマ:アート・デザイン
このテーマのブログが大変遅れています。
本業が忙しく、申し訳の無い事です。

今回からは花ですが実を付けるものから始めたいと思います。
その前に入れておきたいのがこれ。
宝相華(ほうそうげ)
空想上の花で天平の頃、伝来しました。
仏教では、物事が到達する完成された美と善の花として考えられています。
お寺の柱に極彩色で描かれたものをご覧になった事があると思います。
宝相華紋
起源はインドで ペルシャ・中国(唐代)に伝わり広がり、日本には朝鮮半島を経由し奈良時代に伝わりました。
正倉院の代表的図柄で、多くの宝相華文様が残されています。
平安時代には 和風化が進み仏教美術に多大な影響を与える事に。
鎌倉以降形式が変り、牡丹唐草へと形を変えていきます。
ネットで見つけた美しい宝相華。
宝相華
この宝相華が意匠として使われるのが華紋。
工房の図案の一つにこんなものがあります。
宝相華図案
西陣の袋帯では定番の柄となっていますが、こちらは豪華な汕頭刺繍を彩色した帯。
華紋帯
いずれにしても縁起の良い図柄には違いありません。

次は「桃」
中国では西王母伝説から大切にされた柄の一つで、長寿を表わします。
西王母は西遊記にも登場する聖母とされていますが、元は半人半獣の死を司る鬼神でした。
その怖さが信仰を生み天界の神女へ変わったのです。
西王母が住む崑崙山の庭に生えるという三千年に一度実る仙桃を食べると不老不死を得ると言います。
桃太郎が西王母の子供という伝説も滋賀県に残っています。
孫悟空も東方朔もこれを食べ数千年の長寿を得たのだから、地上の桃にも、仙界の余香が漂っていて不思議はないといいう事に。
桃は不老長生と繁栄の寓意となりました。
また、悪魔を払う魔除けとしても使用します。
桃の花は丁度桜の時期と重なって、花の形も似ているので間違う事もありますが、概して濃いピンクなので見分ける事ができます。
桃の花
桃の歴史は古く弥生・縄文時代より食されています。
桃の木で作った弓矢を射る事で悪鬼除けや害虫除けのまじないとなっています。
古事記でもイザナギノミコトが桃の実を投げつけ鬼女を退散させる場面が描かれています。
邪気を払う意味からも 正月や祝儀の時などに図柄として使用されます。
こちらは昭和初期の西王母桃文様の打掛。
昭10阿部登喜子西王母桃模様打掛
昔の図案にはこんな蟷螂と一緒の絵があります。
桃
着物や帯にする事は珍しいのですが、工房の作品の中には麻の帯に素描で描いた作品が只一つあります。
麻帯桃

次は「ざくろ」「石榴」とも「柘榴」とも書きます。
種子が多いことから豊穣、子宝の象徴柄。
家紋にも写実的な絵が使われています。
柘榴紋
友禅柄としては。
柘榴
果実として多くが流通している事はありませんが、現在では健康食品としてジュウスになったものが出回っています。
大きな果実は殆ど外国産、日本産の果実は小さく熟れて割れた風情が喜ばれ、庭木や盆栽にも。
日本には9世紀頃伝来したと言われています。
樹皮や果皮は虫下しの薬用に、花は出血止めになると今でも使われているとか。
果汁や種に更年期障害や癌予防の効果があると一躍人気食品になりましたが、余り期待は出来ないそうです。
江戸時代、果実は銅鏡を磨くのに使われた所から、鏡鋳る→屈み入る、銭湯の低い出入り口を「石榴口」と洒落で名付けました。
湯が冷めない様にする為低い入口にしたそうです。
石榴口
恐れ入谷の鬼子母神」で知られる、東京都台東区入谷の鬼子母神が好む果物として有名です。
子供を喰って生きていた鬼女、鬼子母神が自分の子供を取り上げた釈迦に諭され、人肉の代わりに食べよとされたのが石榴と言われています。
その為、人肉は石榴の味がすると言われる事が多かったのですが、あくまで俗説。
石榴を使った小物ではこんなものを作っています。
大巾着、和風な美が受けて人気作品の一つ。
大巾着柘榴
古い金襴にも。
金茶地石榴唐草模様琥珀地裂
石榴と桃、この二種の果物に仏手柑(ぶっしゅかん)を加えたものを三多と呼んで、最近はあまり見ない図柄だが豊穣と繁栄を意味います。
三多
中国の習慣ですが、工房にも時々登場する仏手柑がこちら。
仏手柑

そして次は「橘」
橘は日本固有の柑橘類で三重県から南の太平洋岸に近い産地で自生しています。
御所紫宸殿には右近の橘左近の桜として有名です。
家紋では可成り図案化されこの形が定番となっています。
橘紋
元々は、「柑子」「蜜柑」の古名。
柑子コウジは「幸事」との語呂合わせから吉祥柄になっています。
不老長寿の食べ物を探しに行った古代人が中国から持ち帰ったといわれています。
十一代垂仁天皇のご病気の快癒を願って、田道間守が常世の国より不老長寿の霊薬として持ち帰ったものが橘と言われています。
一説には無花果の実とも。
橘は、理想郷である常世国からもたらされる果実(みかんの一種)であり、長寿を招き元気な子供を授かるといわれています。
 女性のお守りとなる木とされていて桃の節句の際にも橘の木を飾るのはそのため。
長寿、子孫繁栄の象徴として婚礼衣装から礼装用の文様に多く用いられます。
江戸時代の小袖では。
小袖浅葱縮緬地雪持ち橘文字模様
古今和歌集の詠み人知らずに「五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする」とあり、これ以後、橘は懐旧の情、特に昔の恋人への心情と結び付けて詠まれることになります。
花橘は着物の図柄になる事は稀ですが、その意味するところから商品名や店名に使われる事が多い様です。
実際の花は。
花橘
工房の作品にも沢山使っていますが、振袖の一つにこんな柄があります。
523枝垂橘に手鞠1
今回はここまで。
 
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着物の文様:謂れや意味・・・その壱拾九

JUGEMテーマ:アート・デザイン
前回からは可成り遅くなりましたが、今回は「柳」から。

柳と言えば高木の枝垂れ柳を指すのが普通ですが、生花に使われるネコヤナギは低木で上を向いています。
その上に向う柳には「楊」という漢字を使う事も。
風にそよぐ柳の枝葉に対して花穂が図柄になります。

川や池の縁に柳が多いのは柳が湿った土壌を好み、強く良く張る根で回りを強固にする特質を持っていたからです。
その上、植栽も簡単、倒れても再び発芽する強さを併せ持っています。
土手の補強にはもってこいの樹木であった訳。
花札に蛙が柳に飛びつこうとしている図が有名ですが、この絵も川辺の柳。
小野道風
小野道風が飛びつく事が叶わぬ筈の蛙が遂にやり遂げたのを見て書への努力をやり直そうとする図です。
もう一枚は広重、こちらは飛びついた方。
広重小野道風
浄瑠璃の作品で歌舞伎の演目にもなっている小野道風青柳硯が由来となっています。

風に揺らぐなよなよした風情とはかけ離れてますが、その揺らぐ枝葉が薄暗いところでは幽霊に見えたのか柳に幽霊が付き物となりました。
気色悪いので絵は無し。

正月のお茶室の床の間に結び柳を飾るのは「和」を意味するそうです。
旅立ちの際川辺の柳で丸い輪を作り手渡して友情を誓い合った故事によります。
結び柳

荷物を入れる籠の様な箱を行李と言いますが、柳はその柔らかさが買われてその行李に使われています。
竹製品より高級品となっていました。
その柔らかさがことわざ「柳に風折れなし」に、柔よく剛を制すと同じ意味に。

柳を使った能衣装にこんなものがあります。
朱地柳に蹴鞠模様
丸いのは蹴鞠。

柳がメインになるものは稀、殆どが添え物になっています。
その稀な柳だけで柄にした帯、工房作品では何回もご覧頂いている金彩が。
帯金彩枝垂れ柳
手描きの金描きで仕上げています。

京都右京区にある型染めの栗山工房さんの体験作品
良く出来た意匠、雪持柳。
雪柳
こんな帯だけでなく、簡単なハンカチの染め体験も出来ます。
柳の枝がよく爪楊枝に使われるのはサリチル酸が含まれ消毒や鎮痛効果があるところから。
昔から木の意味、特質を理解して使われてきたのです。


次は「銀杏」イチョウ。
葉の形を鴨の足に見立てた中国語「鴨脚」の読み方「イアチャオ」が転訛したものと言われています。
京都・宮中の水番を司る家を鴨脚家と言います。

裸子植物イチョウ網の中で唯一現存する生きた化石とも。
樹齢も長いことから長寿・長命の意味に、葉は扇型に似ていることから末広がりの縁起物の意味も。
散ると鶴が飛ぶ姿に似ていることも舞鶴の例えに使います。
銀杏鶴の家紋。
銀杏鶴

火に強いので江戸時代より火除け地に植栽され、神社仏閣でも主な堂の側に植え付けられます。
西本願寺では火災から御影堂を護ったという「水吹き銀杏」が京都の銘木に指定されています。
水吹き銀杏

徳川家は当初剣銀杏を家紋にしていました。
剣三つ銀杏
片岡仁左衛門の替紋で五つ追い銀杏が使われます。
五つ追い銀杏
家紋の葉の先をご覧頂くと、雪輪になっています。
雪輪銀杏で葉の先を雪輪風に模った文様に。

銀杏もそれだけで着物のメインになる事は殆ど無く「吹き寄せ」文様を構成する一つに使う事が殆どだと思います。
珍しく「銀杏の丸」を使った、八掛専用柄の花丸吹き寄せの図案の一部。
花丸に吹き寄せ八掛

能衣装の胴服にこんなものがあります。
斜段銀杏雪輪模様辻が花胴服
斜段銀杏雪輪模様辻が花胴服、江戸時代のもの。

「銀杏返し」は婦人の日本髪の髪型の一つ。
束ねた髪を二つに分けて左右に輪のように曲げて結ぶ髪型、歌にも出てきます。
銀杏返し
こんな髪型を街で見かけたいものです。

銀杏の実はギンナン同じ字を書きますが、ちょっと苦味がありながら茶碗蒸し等にも入れられ美味しく食べられます。
しかし、中毒を起こす事も知られています。
ギンナンに含まれる毒素がビタミンB6に似た分子構造の為体内でビタミンB6に入れ替わって悪さをします。
ビタミンB6の投与で治まります。
イチョウの葉のエキスには薬効がありドイツでは医薬品としても認定され日本のイチョウの葉は欧州へ輸出されています。
しかし、そのまま葉を茶として飲用するのは危険でアレルギーを起す事もあるので注意。
真っ直ぐに育つため木材としても価値があり、まな板としては高級材とされています。
他には碁盤にも使われてきました。


最後は「紅葉・楓」
もみじは一般にカエデ属の事を総称しますが、紅葉となると秋に赤くなる植物全体を指す事もあります。
カエデは形からカエルの手が転訛したものと言われています。
冠木とされたのは鶏冠(とさか)が赤かったから。
一つ楓
家紋にされたのもその美しい赤い色を愛でた所以から。
万葉集では「黄葉」と呼ばれていました。

サトウカエデと呼ばれる品種は樹液が甘く、集めてメープルシロップを作ります。
この種は木質が硬く建築材や家具、ボーリングのピン、バット等に使われます。
メグスリノキは別名長者の木とも言われ視神経を活発化させる薬効を持っています。
煎じた液で目を洗うのだとか。

もみじが紅葉するには可成りの条件が必要で、適度な水分だけでなく昼夜の気温差、清浄な空気が必要で特に夏場の適度な降雨と日照が影響すると言われています。
最低気温が8度を下回ると紅葉を始め5度以下で一気に紅葉が進みます。
そして霜が降りる頃紅葉は終焉を迎えます。
近年は夏の異常気象が影響し本来の真っ赤な紅葉を見る事は難しくなってきました。
紅葉せず褐色に変わって落葉するものが増えたのは矢張り夏の天候の影響。
こちらは大彦さんの「幔幕に楓」の振袖。
紅葉雅演
紅葉が愛でられ始めたのは平安時代から。
その為、京都では沢山の楓が植樹され名所が多いのです。
五月の青葉も美しく、青楓と呼んで紅葉の名所がよみがえります。
こちらは明治の澁澤家所有の振袖、御所車と菊、紅葉の典型的な両褄型の振袖。
明渋澤美枝子御所車菊紅葉模様振
再現して染めてみたいものです。

奈良の斑鳩を横切る竜田川は紅葉の名所、流水と紅葉が柄名になっています。
広重の浮世絵にも。
広重竜田川
柄としては流水と紅葉が一緒になったものを言います。
「竜田川」文様。
竜田川

今回で樹木は終り、次回から果実に入ります。
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着物の文様:謂れや意味・・・その壱拾八

JUGEMテーマ:アート・デザイン
今回は「松」から
着物と松は縁が深く松に付いて詳しく書き出すと今回分全てを使う程。
はしょって説明したいと思います。
松は植林されたものを除いて北半球にしか生存しない珍しい植物で種はご存知「松かさ」
葉は着物の図案に見られる二葉の赤松黒松がありますが五葉の姫子松などもあります。
松と共生して発生する菌類の代表が松茸。
松に共生する菌類が全て良い訳ではなく、松に取って樹勢を弱めるものも少なくありません。
松にとって天敵は多いのです。
松竹梅に代表される様に昔から縁起の良いものとされていました。
神が宿る神聖な木で「祀る」から、あるいは緑を「保つ」が転じて名づいたとも。
冬でも緑が朽ちる事がないので若さを象徴、不老不死を意味するものとして珍重されてきました。
その為か能舞台の正面の「鏡板」には普通松の絵が描かれています。
右の鏡板には竹が。
能舞台鏡板
現存する最古の能舞台は世界遺産「西本願寺」の北能舞台、勿論国宝です。
障壁画として描かれる事も多く、忠臣蔵の刃傷の場面となった松の廊下が有名。
家紋の種類も豊富で「松」「松皮菱」「松葉」を合わせると工房保有の家紋帳では170程あります。
その中でも形が美しいのが「三階松」でその名が付く家紋は18個も。
代表がこれ「右寄り三階松」反対の左寄りもありますが。
右寄り三階松
この変形でその名も目出度い「高砂松」
高砂松
当然「松竹梅」もあって二つ。
松竹梅1松竹梅2
左は若松に枝梅と笹、右は抱き若松に光琳梅で梅の匂いに一枚の笹。
若松を着物に使った国宝級の江戸時代の小袖。
小袖白繻子地雪輪若松竹模様
若松には他に若松菱と言うモダンな図柄があり良く使います。
若松菱
こちらは工房所有の松の柄を一部ですが集めてみました。
松色々
家紋にもある「光琳松」も江戸時代の帷子に。
帷子白麻地光琳松模様
帷子は下着や夏の衣装の事、この光琳松の帷子の生地素材は麻。
唐松は菊花のように表現した松で、下の三つ唐松の家紋を変形して付下の染めが現在進行中。
三つ唐松1
磯馴松(そなれまつ)は海辺などに潮風に傾いて立つ松で海辺の風景画に欠かせません。
枝垂れ松も着物には再々登場、こちらは昔作った「姫几帳」の一つ。
枝垂れ松に観世水
松を意匠化、花に見立てて作った振袖もあります。
題して「華松」
振袖華松
松かさは松笠、松傘とも書きますが別名松毬(まつぼっくり)時には松ふぐりとも。
「葉付松笠」など家紋にもなっていますが、工房では手描友禅で小紋やタペストリーにも。
こちらはタペストリーの一部「若松笠」
松ぼっくり
松葉も吹き寄せを代表する図柄で良く使われます。
こちらは徳川綱吉の裃の肩衣、江戸小紋「鮫」の様に細かな型染め、下がその背紋付近の拡大写真です。
黄土麻地松葉小紋裃肩衣
松葉裃肩衣拡大
当時の高度な技術が良く分かる貴重品です。
こちらの小袖は現代にも通じる大胆な柄構成。
白綸子地松葉梅唐草竹丸模様
松皮菱という家紋もありますが、これは松の木肌の表面の地割れを表現したもの。
小笠原氏の家紋として有名です。
又、料理では魚の鱗を外し三枚におろした状態で皮の部分を湯引き、切って刺身にしたものを「松皮作り」と呼んでいます。
松の表皮に似ているからですが、生臭さが消え美味しくなります。
着物では雲など「取り方」の一つとして使われる事が多く「松皮取り」
江戸時代の豪華な衣装では。
金地片身替松皮菱百花模様
この取り方に梅と笹を描き上げると「松竹梅」に。
秦の始皇帝が雨宿りした松の木に太夫の位を授けた所から松を「太夫」と、太夫を「松の位」と呼びました。
遊女の最高位として使われています。
松竹梅でも一番上位とされる所以でしょうか。
白砂青松とは砂浜と青い松林の美しい海岸線を讃える言葉ですが、砂の減少や松食い虫によって寂れているのは気がかりな事です。
代表は世界遺産になった三保の松原や天橋立。
長く大切にしたいものです。
日本では尊ばれている松は中国では異端児扱いされているとか。

次は松の続きで「竹」葉は「笹」と区分けして読ぶ珍しい植物。
松と同じく常に緑を絶やさず、すくすくと真っ直ぐ育つ所から、清浄で子供の健やかな成長を促す縁起の良い木とされています。
竹は普通の木と違って稲科で、草と木のどちらに分けるかは今でも論争されているそうです。
地下茎の成長する力が強いので隣り合わせた樹々を駆逐する事があり問題にも。
嵯峨嵐山の竹林の小径は美しいのですが、やや放置気味。
花灯路竹の小径
整備された竹林は筍も良くとれ崖崩れを防ぐと言われますが、放置された竹林は返って土砂崩れを発生させると言われています。
その為、竹の再利用が叫ばれ、竹炭や紙等様々に使われだしています。
筍の畑とされる竹林は間伐が進んでいるので日当りが良く良い筍が育ちます。
その筍「丸に筍」と言う同じ名の家紋が沢山あるのですがその一つ。
丸に筍
こちらは伏見稲荷の南側山裾に広がる竹林、筍畑。
稲荷山の竹林
収穫の真最中。
京都の筍は日本一高価ですが、日本一美味しいとも言われています。
特に西山、大枝付近ですが東山周辺も味は変わらず価格は低め、一度ご賞味を。
洛西には「竹林公園」があり色んな種類の竹が植栽されています。
八幡市に広がる竹林が有名になったのはエジソンが電球のフィラメントにこの地の竹を使ったから。
世界中で探してやっと見つけたのだそうです。
家紋でも良く使われ、筍を足すと200種程に。
友禅でも葉の枚数は5枚が基本型で「切り竹に笹」の家紋でも。
切り竹に笹
着物でも良く使われるのが「雪持ち笹」
雪は雪輪で表現。
雪持ち笹
単独で着物に使われる事は少なめで添えて描かれるのが通例となっています。
そんな中で竹をメインに染めたものがあります。
こちらは江戸期の小袖。
染分け竹模様辻が花。
松皮取りで染分けています。
染分竹模様辻が花
今でも染めてみたい大胆な意匠です。
こちらは竹と縁が深いかぐや姫。
手描友禅や素描、ローケツなど数種の技法を駆使して染めました。
かぐや姫
竹取の翁とかぐやとの別れの場面。
芳年の浮世絵です。
月宮迎 竹とり
かぐや姫は工房の「遊小紋」の中にもあり着物だけでなく道行や羽織にも染めています。
雀の項でも紹介しましたが、竹と雀は縁が深く、大きな外敵の鳥から逃れる為に竹林を巣に。
伊達正宗の家紋の一つでもありますが、こちらは別の「竹輪に十五枚笹に向かい雀」と言う家紋。
竹輪に十五枚笹に向かい雀
嵐山花灯路の際、嵯峨二尊院で展示されていた竹の工芸品。
竹行灯
薄くはいで肉厚が薄くなった上に彫刻した見事な作品でした。
竹を使った工芸品は昔から。
竹の工芸品は日本人ならお手の物沢山作られていますが、それは中国でも。
こちらは京都の工芸品。
京の竹工芸
竹は長い周期で開花し一斉に枯れる事が知られています。
その周期は60年から120年の間と言われています。
一度見てみたいものです。

今回はこれでお開き。
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着物の文様:謂れや意味・・・その壱拾七

JUGEMテーマ:アート・デザイン
今回は「蛍」から。
蛍は昆虫ながらその光を発するというところから着物にも良く使われます。
蛍が現れるのが初夏に限られるので着物では夏用に限られます。
色々染めましたが写真が残っているのはほんの少しだけ。
こちらは絽の帯、薄に蛍。
帯:薄に蛍
日本ではゲンジボタルが代表の様に思われていますが、実は日本国内だけでも40種も生息しているそうです。
南に下がって気温が上がるに従って種類が増えるとか。
ゲンジボタルや平家蛍の幼虫が川に住むカワニナ等の巻貝を捕食しますが、他の多くの種類はミミズやヤスデ等の土中に住む動物、あるいは蝸牛を捕食するのが通例となっています。
光を放って飛び回るのは殆どが雄、雌は余り動かないそうです。
蛍でも外国産のものでは片方の性のみ発光したり、他の種類の雌の光を真似て雄を呼び寄せ捕食する怖い蛍も。
蛍狩りの際には動かない光は蛇の可能性があるので注意する様言われた事があります。
こちらは帯の図案草稿、月に薄そして蛍、太鼓ではなく前の部分。
素描や手差し友禅で仕上げます。
薄に蛍図案
蛍の光は卒業式の定番、今でもこれを聞くと物悲しい気分に。
蛍雪と言われるのは中国の学者が蛍の光や月に光る雪を灯りに勉強していた故事によります。
実際に蛍の光で書籍の文字が見えるのか甚だ疑問ですが。

蛍ぼかしという小さな丸に白抜きしたぼかしがあります。
刷毛でぼかして染め上げるのが一番味がありますが、地色が濃いと周辺に何となくムラが出ます。
これも手描きの味と言えます。
他にエアブラシで抜染という手法もあります。
一番綺麗に上がりますが、味が無いのと昨今の染料は変な色に抜けるので難しくなってきました。
もう一つ、蛍絞りとも言われる手法で染める事もあります。
脱脂綿を百円玉の大きさにちぎり生地の反対側に固定する為ボタン状の板に縫い付け強く締めます。
その後、染液に浸けての炊き染めです。
その三種とも沢山染めていますが、写真は残っていません
その上染めていた絞りの職人は既に廃業、他の工房では残っている筈ですが。

光るところから蛍の名前が付いたものにホタルイカや海ほたるがあります。
蛍袋は釣鐘状で提灯に似ているところから。
蛍袋
蛍火とは蛍の光を指しますが、小さく残った炭火の意味にも。
風情があり、そんな所からかアニメの題名にもなっています。

つぎは「蝶」。
蝶は別名胡蝶とも。
日本には250種ほど世界では一万を遥かに越える種類があるとされています。
中国でも蝶の発音が長と同じなので長命として喜ばれます
日本にもその意味が伝わり 古くから文様化されています。
毛虫・サナギから美しい姿に変身することから命の再生と解釈され吉祥柄にもなります。
不死や死の再生の象徴、また立身出世の意味もあります。
その為、甲冑や陣羽織に蝶の意匠が多く見られます。
こちらは織田信長の鳥毛陣羽織。
信長揚羽蝶模様鳥毛陣羽織

「向い蝶」など有職(ゆうそく)文様としても取り入れられ、蝶は二匹で行動することが多いことから夫婦円満の象徴に使われます。
向い蝶


家紋でも蝶に類するものは数知れず、その中の揚羽蝶も有職文様の他に平家ゆかりの家々の家紋としても有名。
その揚羽蝶も五三の桐と同じく使う人を選ばないとされています。
揚羽蝶の家紋を染めた「こぜに入れ」工房で作っています。
こ銭入れ:丸に揚羽蝶
私もずっと使っていますが、重宝しています。
蝶鳥文と言われる図柄があります。
燕に似た鳥との取り合わせ柄なんですが、銅鏡に使われる位で着物では余り見かけた事がありません。
蝶を捕食するのが鳥なのであまり相性が良いとは。

蝶の飛ぶ姿が浮遊しているように見え、人の魂を天界に運ぶとされました。
地方には死んだ人の魂が蝶となり舞う浴信から、法事に蝶画を掛ける習浴があります。
こちらは若冲の描いた芍薬群蝶図の一部。
若冲芍薬群蝶図
この絵がその為のものかは定かではありませんが。
越中の追分地蔵堂では7月15日に胡蝶が乱舞するのを生霊市と呼ぶのだそうです。

蝶は能衣装でも使われています。
金地撫子蝶模様
豪華ですね。
同じ能で使われる長絹にも。
能長絹茶地藤籠蝶模様
藤籠に胡蝶。
蝶は我が工房の作品では振袖に一番多く五柄程あります。
その中でも一番注文が多かった内の一つ「片枝垂れ桜に蝶」
振袖:片枝垂れ桜に蝶
脱皮をして、美しい蝶として舞い上がるところから出世につながり、縁起がよいということで好まれました。
しかし、次々に飛び回り、花から花へ寄る辺の定まらぬものとの見方もあるため、婚礼の場にはご注意を。

お次ぎは「とんぼ 」。
日本には約200種。
飛行中の昆虫を足を使って空中で捕捉するので害虫を捕食する益虫とされています。
幼虫期でも蚊の幼虫ボウフラを良く捕食、水田では稲に対する最適な益虫とされています。
目は複眼、全方向の四分の三を見る事が出来るそうです。
古くはとんぼをアキツ、あるいはアキヅと呼びました。
日本書紀によると、日本の国土を秋津島と呼んでいた頃、国の形が蜻蛉の交尾の形に似ていると神武天皇が述べられた事に由来。
前にしか進まない所から不退転を意味し勝虫といわれ武士に好まれた様です。
勝軍虫とも、武具の文様に多く使われ、兜や鎧刀の鍔などに。
豊臣秀吉の陣羽織にトンボの柄があるそうですが、こちらは真田家に伝来の陣羽織。
真田家蜻蛉文様陣羽織
着物の図柄としては矢張り夏柄。
こちらは工房の作品、珍しい木版摺と素描で染め上げた単衣用の帯。
絽の帯でも染めています。
帯:木版とんぼ
古いものでは素袍にこんなものがあります。
紺地矢車蜻蛉模様素袍
矢車に上からトンボを描き込んだ様です。

工房で販売している大きい巾着にはこんなトンボ柄もあります。
薄にとんぼ
日本以上に蜻蛉に好意を寄せる国民は無く、英語ではドラゴン虫と呼んで不吉な虫としていました。
しかし、ジャポニズムの興隆で蜻蛉を素材にした多くのガラス工芸作品を残した「ガレ」も出てくる等、様子は変化している様です。

蜻蛉の形からトビウオや運動場の整備用具に名前になっています。
役者が舞台で手をつかずに宙返りする事もトンボを切ると言います。


以上で動物系を終わって植物系に。
その前にその形態や謂れで柄名になったものがあるので紹介しておきます。
最初に「吹き寄せ」
色々な葉等を散らした図柄で風によって吹き寄せられたり、散り広がったりした様を表現します。
秋の柄を表現する事が多めで秋風が運ぶ情緒を表わしています。
使われるのはもみじ、銀杏、松葉が多く松かさや栗の実、梅や菊も入る事があります。
吹き寄せ
これらを木版摺で表現する為に彫った木版。
もちろん、工房で彫っています。
素描を併用していい味の小紋が出来ましたが写真はありません。
その絵刷りは残っています。
木版吹き寄せ
その散し具合そのものを吹き寄せと呼び、全く違う蝙蝠の吹き寄せになるとこんな風に。
これは半襟の一部。
吹き寄せ蝙蝠
振袖でも。
振袖:吹き寄せ
吹き集まったと言う意味で、お菓子や料理でも何種類もの具材を混ぜたものを吹き寄せと呼んでいます。

沢山の草木の中から選ばれた「四君子」と呼ばれる図柄があります。
梅・菊・蘭・竹の4種を草木の中の徳を持った君子として組み合わせたもの。
それぞれ独自の項目で取り上げますが、この項では四君子としての意味を。
それぞれの意味は。
梅は早春の雪の中でも先駆けて開花、春来るを率先して告げる。
菊は晩秋の寒さに耐え、気を益し、人の寿を延ばす。
蘭は清楚な葉と王者の香あり、善人は蘭の如しとされる。
竹は冬にも葉を落とさず青々と真っ直ぐに伸び、柔軟不屈の忍耐力。

着物でもこの四つを組み合わせて四君子文様と呼んで柄付けします。
枝花であったり花の丸であったり、雪輪等の取り方の中に入れたり。
こちらはちょっと見難いのですが、可成り昔に染めた四君子文様の帯。
帯:四君子
野々村仁清の作風に似せた水差しに良い物を見つけました。
四君子の水差し。
仁清写四君子の水差し
高さ18センチ、五万円台で販売していました。
なかなか良く出来ているので興味ある方はネットを探せば直ぐ見つかると思います。

四君子にに似た「はちぼく」と呼ばれる樹々があります。
はちぼく文様というのは余り聞いた事がなく、謂れも分かりませんが樹木の代表として讃えられたものと思われます。
松、柏、桑、棗なつめ、橘、柘植つげ、楡にれ、竹の八種
はちぼくは米の分解字でもあり、はちぼく屋と言うのは米屋の事。

もう一つ縁起の良い樹木として良く使われるのが「松竹梅」
歳寒三友(さいかんのさんゆう)と賞賛されています。
松と竹は寒中にも色褪せず、また梅は寒中に花開く。
「清廉潔白・節操」を表すところから縁起物として広く使われてきました。

次回は先ず樹木から始めたいと思います。

 
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着物の文様:謂れや意味・・・その壱拾六

JUGEMテーマ:アート・デザイン
今回は余り着物の柄にならないものばかりを、先ずは猿から。
十二支に申がありますが、元々果実が成熟する状態を表していると言われています。
単に当てはめた動物がたまたま猿だったと言うだけだそうです。
猿を「エテ公」と読んだのは猿が「去る」に通ずるのを忌み、逆の「得る」や「得手とする」と言う意味を込めたもの。
元々、人間より知能の劣る猿は差別を込めた蔑称として使われる事が多めです。
欧米では猿が居なかったせいかその傾向が強く、猿を食事中に話題にする事はダブーとなっているとか。
黒人を差別する言葉から始まって東洋人、特に日本人に対する言葉にイエローモンキーが使われたのは最近迄良くありました。
アジアでは小馬鹿にする事はあっても嫌悪する事は無く、返って神聖視する事の方が多めです。
ただ、アジアで一国韓国だけは猿を可成り忌み嫌っているそうで、日本人を猿と侮辱する傾向があります。
インド神話では孫悟空のモデルと言われているハマヌーンという猿の神様が登場します。
ハマヌーン薬草
変幻自在で空を飛ぶ事もできるとか、上は物語絵で薬草を運んで走っているところ。
変幻自在の姿はこんな形でも表現されます。
ハマヌーン像
比叡山麓の日吉神社では猿が神の使いとされ、その影響で伝統芸能である狂言にも登場します。
京都の哲学の道近くにある大豊神社は狛鼠で有名ですが、狛猿も。
狛猿
日吉神社の摂社である日枝神社の狛犬も猿。
日の出と共に騒ぎだす事から太陽神の使いとされた事も。
また代々跡継ぎに猿の名前を付けた浅井長政などの武家がありました。
京都高雄の高山寺に残る鳥獣戯画にも登場します。
こちらは手ぬぐいに使っている鳥獣戯画の一部。
鳥獣戯画:猿
鳥獣戯画は着物や帯にも使っていますが、京都から思い浮かべる図柄として風神雷神と一位と二位を分け合う人気があります。
老成した猿は妖怪となって女性の生け贄を求め、通りすがりの僧侶や勇者が退治する説話が沢山残っています。
日本でも江戸時代迄わずかではありましたが食用にされていましたが、戦後の食糧難の時には可成り食されたといわれています。
中国で食用になっている映画を見た事も。
以前山科に住んでいた頃、猿の大群が山科一帯を徘徊していた時期がありました。
干してあったタマネギを取ってかじるなど傍若無人の様子を見ていましたが、徘徊の途中名神高速を渡る時に可成りの猿が車に轢かれたそうです。
こちらの写真は四年程前花の寺に桜見物に行った際撮影したもの。
花の寺:猿
この大きな猿が近寄ってきて隣に居た人のコンビニの袋をあっと言う間にひったくりましたが袋は破れ、中に入っていたお茶のペットボトルが転げ落ちました。
お寺の通報で爆竹が鳴り猿はあっという間に消えてしまいました。
猿を表現する狂言には見事な面が使われます。
余りに見事なのでお裾分け。
狂言:猿面
もう一つ見事な面、こちらは雄猿とか。
狂言面:雄猿
素晴らしい芸術、日本人として誇りに思える程ですね。
こちらはこれらと打って変わってお粗末ですが、珍しい猿柄の帯、工房の作品です。
帯:猿
絞りと抜染、顔料を使った素描で仕上げています。

お次ぎは打って変わって蛙。
世界中で4,800種が確認されている種類の多い両生類で砂漠と極寒の地を除けばそこら中に存在します。
殆どが昆虫等を捕食する肉食で大型の蛙は小型の哺乳類を捕食する事も。
繁殖期の田んぼで蛙の合唱を聞くのが当り前の風景に。
輸出用の食用蛙として移入したウシガエルとその餌として輸入されたアメリカザリガニは日本中に定着してしまいました。
侵略的外来種として飼育や販売が禁止されていますが、捕獲して販売する事は認められています。
古称ではかはず、かわずと呼ばれ、呼吸を殆ど皮膚からするので湿っていないと生きていけません。
その為、常に水にに近いところが生息地となります。
工房の作品の大巾着に菖蒲の側にいる蛙の図柄があります。
大巾着:菖蒲に蛙
右下に小さく見えるのが蛙。
俳句にも良く使われ、身近な存在である事は古今東西変わらず、西欧でも良く親しまれています。
俳句では芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」一茶の「痩せ蛙負けるな一茶ここにあり」が超有名。
鳥獣戯画にある兎と相撲を取る蛙は有名。
こちらは先程の猿と同じく鳥獣戯画の手ぬぐいの一部。
鳥獣戯画:蛙
物語の主人公になるほどではありませんが、添え物としてなら。
ワンちゃんのお相手として工房の行灯に。
行灯:遊ワンと蛙
帯の参考図案として可愛いものがあります。
蛙の音楽会
かえるは語呂合わせの意味で好まれ良く使われます。
商売の心得として。
変える:商売をよい方向に変える
代える:かわりにする
替える:商品をお金にかえる
換える:替えるに同じ
帰る:人が戻ってくる
返る:繰り返す 原点に返る
反る:違った状態をつくる
還える:回って元に戻る
買える:材料などを揃えられる
飼える:人を雇う
孵る:商品を産むなどなど。
蛙六匹で「むかえる」も。
縁起担ぎで玄関に飾る家庭もあり、京都でも時々見かけます。

その次は蛇。
何はともあれアダムとイヴの時代からその形の気味悪さに忌み嫌われる存在です。
大きさは10mから10cm迄様々。
あごを外して獲物を飲み込む為自分より大きく見えるものも喰ってしまいます。
牛やワニを飲み込む大蛇も。
毒を持つ蛇は全体の四分の一、日本では沖縄諸島のハブやマムシが良く知られています。
余り知られていないのはヤマカガシ、奥歯に毒腺があるので噛まれても毒が体に回る事は少なめですが毒性は他の毒蛇の三倍と言われています。
弟はこの蛇に追いかけられた事があります。
又、奄美出身の甥っ子は小さい頃トイレでしゃがんだ目の前にハブがこちらを睨め付けていたので、動けずに大声で父親を呼んだとか。
気付いた父親が襟首を掴んでトイレから一瞬に引き出してくれたそうです。
とは言え、蛇は脱皮することから 疫病逃れ 病気回復の謂れを持つ様に。
何でも良い方に解釈するのが我が民族の特徴かも。
こちらは珍しい蛇そのものを描いた金更紗。
草花獅子蛇模様金更紗
現在でも蛇の皮は財布に使ったり脱皮した皮を財布に入れたりする事で富が増えるとされています。
江戸時代、多くの疫病が流行多くの人々が亡くなりました。
そのため江戸では蛇を祀る神社がたくさんありますが京都にも。
京都の縁結びで有名な地主神社にも白蛇の置物があり、三室戸寺には宇賀神が。
三室戸寺宇賀神
宇賀神は弁財天の頭部に乗った老人の姿であったり、頭は翁または女性で体は蛇がとぐろを巻いた姿で現されています。
神仏習合の産物で弁財天や龍神の化身とされています。
弁財天の使いともされ各地の弁天さんでは蛇の絵馬や額が飾られています。
治水に使われた蛇籠は元々竹を組んだ細長い筒状の籠に石を入れたもの。
その形から蛇籠と呼ばれました。
御所解文様の中で良く使われます。
江戸時代の小袖にも
白麻地蛇篭模様
家紋には蛇の目で登場、その名の通り蛇の目から。
蛇の目
その形は傘の名称や蝶の名前、回り舞台の呼び名にもなりました。
蛇の目傘
蛇そのものが着物の図柄になる事は先ずありませんが和玩具なら何とかなりそう。
しかし我が工房でもその和玩具の蛇を使った事がありません。

そして次は蜘蛛。
一般の昆虫は足が六本に対して蜘蛛は八本で知られています。
蜘蛛はその昆虫を主食とします。
大型の網を張る蜘蛛は小鳥を捕食する事も。
タランチュラと呼ばれる徘徊性の大型の蜘蛛は鼠や鳥の雛を好んで食する様です。
毒蜘蛛として知られていますが人間の死亡例は無いとか。
余り知られていませんが、小さい蜘蛛は風に乗って移動する事があるのです。
小笠原諸島に火山島が出来つつありますが最初の住人は蜘蛛かも知れません。
スパイダーマンでお馴染みの蜘蛛の糸は徘徊性の蜘蛛でも糸を引いて歩きます。
ハエトリクモは間違って落下しても糸でぶら下がる事ができます。
蜘蛛の糸は強靭で鋼鉄の5倍、伸縮率はナイロンの2倍で人工の蜘蛛の糸が夢の繊維として待望されていますが、これ迄実用化されたものはありませんでした。
しかし、今年の5月山形のベンチャー企業が量産化技術を開発したそうです。
その蜘蛛の巣は着物の図案として昔から良く使われており、工房でも半襟に使っています。
蜘蛛の巣半襟
これはプリントですが、手描きで半襟や帯を染める事も。
こちらは「梅屋」さんで販売中、手描きの半襟と半巾帯。
蜘蛛本体も描き込んでいます。
半襟。
手描き蜘蛛の巣半襟
半巾帯。
縞に蜘蛛の巣半巾帯
手先に蜘蛛と蜘蛛の巣が入ります。
半襟には大胆な赤黒のぼかしに金彩で蜘蛛の巣を描いたものも。
色違いなどのお問合せは「梅屋」まで。
http://umeyakimono.com/
ネットで見つけた帯にはこんな優れものがありました。
蜘蛛の巣帯
垂れにぶら下がった蜘蛛が良いですね。
こちらは絞りで染めた蜘蛛の巣の風呂敷。
蜘蛛の巣風呂敷
工芸図案には蜘蛛や骸骨の面白いものがあります。
蜘蛛の巣・骸骨
帯で作ってみたい気がしますが、誰か清水の舞台から飛び降りる人は居ませんか?

次は天道虫。
天道とは太陽や太陽が通過する経路、道を言います。
太陽に向って飛んで行く様に見えた所からこの名が付きました。
甲羅の赤い色と七つの黒い斑点の七星天道虫が代表。
何と言ってもチェリッシュの「てんとうむしのサンバ」が有名、誰もが口ずさむ事が出来ます。
綺麗な色で可愛いので着物に使われる事もあります。
葉っぱに小さなアクセントとして天道虫を添えると良い絵になりそう。
工房では半襟に。
天道虫半襟
天道虫は英語ではLadybirdと呼ばれ、Ladyとは聖母マリアの事を指すそうです。
マリアの七つの悲しみと着ていた赤いマントから。
ある男が無実の罪で死刑になりそうになった所、肩に止まった天道虫を息を吹きかけて逃がしました。
その天道虫は他の人にとまりましたが、叩き潰してしまいました。
その光景を見た領主が調べ直した所、叩き潰した人間が真犯人であったという逸話があります。
そのせいかヨーロッパでは幸運を呼ぶ虫となりました。
昆虫はそのままではグロテスクなので大体小さく表現しますがとんぼは別、大きく描いた小紋も良く見かけます。
こちらはその大きく描いたとんぼに小さく添えられた天道虫の帯。
すみれ庵さんというブロガーさんの着姿から。
すみれ庵さん帯
お洒落ですね。
刺激を受けると黄色い体液を放出、異臭と苦味があって小鳥には余り捕食されないとか。
「苦虫をかみつぶす」の言葉もこれが語源とか。
天道虫には三種の食性で害虫と益虫に分かれます。
七星天道虫の様にアブラムシやカイガラムシを食べる肉食性の天道虫は益虫、無農薬野菜を作る上での生物農薬として活用されています。
またうどん粉病の菌を食べる種類も、これも益虫と言えます。
植物食の天道虫は害虫ですが一概には言えませんが、汚い赤茶色で星の数が多いのがマダラ天道虫、これが害虫。
小さくて益虫が多い天道虫はそれなりに人気者、工房では絞りで風呂敷も。
天道虫ハンカチ
絞りの風呂敷は現在製造を中止しています。

カブトムシ
子供に大人気のカブトムシですが、野生のものは年々減っています。
その代り人工ふ化や飼育する事も流行っているので返って増えているかも知れません。
大きな角はえさ場の取り合いで威力を発揮しますが、相手を跳ね飛ばすだけで執拗な攻撃はしません。
その潔さも人気の原因だと思われます。
カブトムシ
ただ、角を持つのは雄のみ、雌は角を持たないのでメスなのに「ボウズ」と呼んでしました。
夜行性で森林地帯の外灯付近を探すとクワガタ類と一緒に見つける事があります。
着物の柄として使われるのは専ら夏柄として。
その殆どが浴衣、子供用には喜ばれる様です。
昆虫浴衣
帯に使う素描の図案としてこんなものがあります。
カブトムシ素描
江戸時代から子供達の遊びに使われ、小さな車を引かせていたそうで、現在でも昆虫相撲などで人気があります。
と言っても好きなのは殆ど男の子、女性用の着物にはなり難いのです。
天敵は一番に人間、次に鳥その次が狸等になります。

クワガタムシ
クワガタとは兜に付いている鍬形に似ている所から名付けられました。
こちらはオオクワガタ。
オオクワガタ
カブトムシの親戚ですが種類が多く、日本だけで39種あると言われています。
生態はカブトムシなどの甲虫に似て幼虫は朽木を餌に、成虫では樹液や果実を食物にするのが大半です。
大顎は食生活に欠かせないものなんですが、クワガタムシでは闘争用に特化され発達したもので極めて珍しいと言えます。
小さい時にはこの鋏で良く挟まれたものです。
動くものは何でも挟もうとするので、飼育の際のペアリングでも雌を死なせてしまう事があります。
結構獰猛なんです。
クワガタも夏柄なんですが、使われる事は稀、カブトムシより少なめです。
男の子が好きな昆虫はいずれにしても避けたいのが女の子、使うのが少ないのは当り前。
そこで絵に描かれた習作をご覧頂いて今回のお開きに。
絵画:クワガタムシ
ちょっと意味深な絵ではあります。
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着物の文様:謂れや意味・・・その壱拾五

諸事情で可成り遅れましたが、続けさせて頂きます。

今回は蝙蝠(こうもり)から。
中国では「福が偏り来る」を意味する「偏福」と同じ発音であることから福を呼ぶ動物とされてきました。
百年以上生きた鼠が蝙蝠になると言う伝説から長寿のシンボルとも。

日本では平安時代にカワホリと呼ばれたものが転訛しコウモリと呼ばれる様になったとか。
どう変わっていったのかは不明ですが。
蚊食鳥、かわほり共に夏の季語で、京都の街中でも夏の間夕方位から飛ぶ姿を見る事が出来ます。
今年は暑かったので十月でも見る事がありました。
空を自在に飛びますが勿論鳥類ではなく哺乳類、翼は羽根に覆われているのではなく飛膜と呼ばれる伸縮性の膜で出来ています。
蝙蝠にはドラキュラのイメージがつきまといますが、欧米では血を吸う種類は極わずかで殆どが果実か昆虫類を食べるので姿程には毛嫌いされていません。
キリスト教では悪魔が蝙蝠の羽根を持っているとされていますが、そのおどろおどろした猟奇的なヒーローがバットマンとして活躍しました。
こちらはトーキー時代の一場面。
バットマン
日本では黄金バットとして活躍しました。
こちらは映画のポスター。
黄金バットポスター
漫画ではなく実写版。
千葉真一主演です。
余程人気があったのか切手に迄。
黄金バット切手
蝙蝠は超音波を出しその反響によって位置を測定する特殊な能力があり、水面の細かな振動を感知して水中の魚を捕食する優れものもいます。
果実を主食とする大蝙蝠はこの超音波を出して測位することが出来ませんが、小型の蝙蝠は食性に拘らず全て出来るとか。
イソップの寓話でも卑怯な蝙蝠というイメージがありますが、絶体絶命の危機を逃げおおせる見習うべき動物という意味もあります。
工房でも蝙蝠の柄は時々使います。
代表は何と言っても時々紹介している「ほばーりんぐ・とと」と言うブログの「とんぼ」様から注文頂いた蝙蝠の道中着。
蝙蝠の群れを前と右肩部分のツーポイントに集めました。
蝙蝠道中着
このデザインはとんぼ様所有の古い男物襦袢にあった蝙蝠から拝借したもの。
戦前、多分大正時代ではないかと思う見事な意匠で現在の図案家ではなかなか描けないもの。
それをちょっとデフォルメして。
この図案はとんぼ様の承諾を得て他の方の羽織の肩裏にも使っています。
蝙蝠肩裏
着物でも夕焼けに飛ぶ蝙蝠をイメージして。
着物かわほり
蝙蝠は絞って風呂敷にも。
とんぼ様のブログ
蝙蝠風呂敷
半襟にも幾つか作っていますがその一つ、バットマンの紋章にちょっと似ています。
蝙蝠半襟

次は狐。
日本で狐と言っているのはアカギツネの亜種ホンドギツネですが、北海道には別の亜種キタキツネが生息しています。
私が野生の狐を見たのは二回、小学生の頃、遠足であった真冬のうさぎ狩りの時と釣に三重県の熊野へ出かけた際に車の中から。
滅多に野生の狐は見る事が出来ません。
人を化かすいたずら好き、お稲荷様の使い、油揚げが大好物など庶民に身近な存在です。
害獣である鼠を駆除するため、田の近くに祠を建て狐の好物である油揚を供え餌付けする事で鼠を寄せ付けない様にしたのが狐を大事にする始まりだった様です。
こちらは「遊小紋」でお馴染みの兎踊りの図案を狐に変えて欲しいとの注文で描いた図案。
その中で油揚げを使ったいなり寿司を奉納する狐です。
狐踊り
動物に関する伝説は中国発が多いのですが、狐に関しては日本書記の頃から記述が見られます。
1000年以上生きた狐を天狐、3000年以上生きた狐を空狐とよび千里先を見通すと言います。
天狐は九尾を持つとも言われますが、九尾の狐は元々中国の伝説。
天界より使わされた神獣で人々を幸せにすると言われています。
しかし、日本での九尾の狐は妖魔として能、御伽草子、浄瑠璃、歌舞伎の題材となっています。
鳥羽上皇に愛された玉藻前ですが、上皇を殺そうとして露見します。
正体を見破られた玉藻前は妖術で八万の軍勢と闘う等の健闘空しく果てますが、中国へ渡って班足太子の后として復活、またもや正体が露見した場面がこちら。
九尾の狐
国芳の浮世絵。
美女に化けるのを得意としていた様です。
こちらは北斎の肉筆画「釣り狐」擬人化した見事な絵です。
釣り狐
工房では札入れの内側に使いました。
僧に扮した狐は北斎の得意とするところらしくもう一つ秀作があります。
狐
背中の曲がり具合等北斎の天才ぶりが見事です。
工房の作品にはぼかしで染めた帯で狐が二匹輪になって戯れている作品がありましたが、写真は残っていません。
その代わり私の好きな絵を紹介しておきます。
岡倉天心の愛弟子、若くして夭折した天才菱田春草の作品「月下狐」
春草 月下狐
日本画に新風を巻き起こした作品です。

当然次は狸。
狸寝入りで人を化かすと考えられたのは狸が臆病で気絶する事が多い事によるもの。
日本書紀にも狸が怪しい動物だと書かれています。
化ける、化かす、取り憑くのは狐と同じ、現在でも狐や狸に取り憑かれたという話を聞く事があります。
本来は日本を含む東アジアにしか生息していませんでしたが、毛皮の需要でロシアで飼育その逃げた狸がヨーローパに広がりつつあります。
夜行性で夜中に田舎道を走ると出くわす事がよくあります。
しかし、都会では逆に日光浴する事も。
こちらは六年程前本願寺の堀に設けられた下水の口で日光浴している狸を撮影したもの。
本願寺狸
外人も喜んで撮影していました。
昔は群れをなしていたとか。

信楽焼の狸に代表される滑稽な姿は江戸時代から。
並び狸
それ以前では御伽草子に出てくる狸は化物で人間を喰ったりする迷惑ものでした。
それでもユーモラスな化物として定着したのは人里近くに姿を見せていたからかも知れません。
愛媛松山には八百八狸を統率する刑部狸が神通力でお家騒動で大暴れするお話が伝わっています。
狸が福を呼ぶとして玄関等に置かれだしたのは狸の毛皮で金を伸ばすと良く伸びたという事が謂れと言われています。
巨大化した陰嚢がそれを現しています。
北斎の絵に狸があります。
上の狐の旅僧と対になったもの。
狸
工房で狸を描く事は稀ですが、帯にこんなものを染めた事があります。
月夜にぽんぽこ腹鼓を打つ狸。
そのデザイン画。
帯:月に狸
狸好きな人が集まって一年に一度サミットを開くそうです。
その際のお土産に依頼されたのが手描友禅のコースター。
狸コースター
彩色しているところ。
狸彩色

たぬきうどんと狸の名が付いた食べ物がありますが、勿論狸を使っていません。
しかし「狸汁」は狸の肉を使った料理で昔から食用されていました。
しかし、狸の肉は獣臭さが酷くおいしいのは良く似たアナグマの方だと言われています。


牛は犬と同じ家畜として本来の形を残したものは殆ど無いと言われています。
水牛やバイソンは別として。
家畜化されたのは八千年前ですから、人間との付き合いで変遷してきました。
日本では弥生時代の遺跡から牛の骨が発掘されており、仏教伝来迄は食用にもされていました。
「醍醐味」とは牛乳を精製したバターかチーズの味の事、仏教の教典にも記されているのですが、あまり広まる事はありませんでした。
牛は秘されて一部で食用にされたものの、殆どが農耕の使役にされていました。
こちらは郡山の俵牛。
郡山俵牛
食用が広がったのは明治時代から。
インドではヒンズー教の影響で聖なる動物として食用される事はありません。
しかし、バラモン教の時代では食されていたそうです。
牛糞は堆肥にして肥料、モンゴルでは燃料としてつかわれます。
発酵して得られるガスはバイオマス発電としても。
牛のデザインは着物に使う事は先ずありませんが、和玩具の一つとして使う事があります。
代表は上の俵牛と同じく振り子の牛、会津の「赤ベコ」
会津赤ベコ
帯に使うべく用意してあるのが「牛べか」のデザイン画。
牛べか
地方に寄って牛を「べこ」とか「べか」と呼ぶとか。
和玩具になると可愛いものです。


ヒグマやホッキョクグマは体長3メートルに達するものからマレー熊の様に1メートル余りにしかならないものまで含めて大型の哺乳動物。
基本的に雑食性ですがホッキョクグマやヒグマは肉食性が強く南米山岳地に住むメガネグマやジャイアントパンダは草食性が強い。
驚いた事に食用ともなっていて掌が中国料理では高級食材となっています。
日本でも安産の御守として産湯に掌を浸けておく習慣があり、年間二百頭程度が食用にされています。
熊の胃が効果の強い胃腸薬である事は良く知られていますが、無茶に高価。
熊が国を象徴する動物とされているのはロシア、自他ともに認めるところです。
スイスのベルンは熊が語源で紋章も熊。
ベルン市紋章
ぬいぐるみのテディベアはアメリカのルーズベルト大統領の愛称でした。
我が工房でも似た熊のぬいぐるみを半襟にしています。
半襟:熊のぬいぐるみ
北海道の木彫りの熊は尾張徳川家の当主徳川義親がスイスのベルンから持帰った熊の木彫りを民芸品として生産する様勧めて始まりました。
北海道のお土産として良く売れたものでしたが、現在はそれほでもないとか。
他に名物が沢山出てきたからです。
怖いイメージがありながら反面可愛がられるのは人徳ならぬ獣徳。
工房で人気の兎の民話巾着の中にも登場します。
民話巾着
漫画雑誌の表紙にも。
熊の金太郎

現在は制作していませんが、絞りの風呂敷にも使いました。
絞り風呂敷
着物や帯にも使えそうです。

本日はここまで。
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